36話
「今のところの戦績は10戦中10勝ですけど、それは果たしてライバルと言えるのですか?」
当然ともいえる理屈に一切、怯むことなくメリアは答える。
「何ら問題はありませんわ! この後、わたくしが11連勝すれば良いだけの話ですから!」
彼女はドが付くほどのポジティブ思考だった。
後ろを振り返らず常に前を進み続けられる者だった。
でなければ、10連敗している相手に対してライバルなどと豪語し、気安く話し掛けたりはしないだろう。
普通、敵わないと思ってどこかのタイミングで諦めるはずだ。
けれども、メリアは諦めないのだ。
これからもリリーに勝つまで何度でも立ち向かってくるのだろう。
そう、この不撓不屈の精神にリリーは困っていた。
このままではメリアの連敗記録が止まらないからだ。
わざと負けるという手もあったが、それは使えない事情があった。
リリーの5連勝が懸かっている時、手を抜いてわざとメリアに勝たせようとしたが、それを見透かされてしまい物凄い剣幕で怒られてしまうことがあった。
そこで考えたのは出来るだけ距離を置くという手段。
だが、今起こっていることを考えると、これもおそらく意味がない。
効果があるのだったら、家の前で律儀に待っていたりしないし、この方法はリリーの心が痛んだ。
今、リリーが手に持っているホットココアは温かい。
雨に打たれた心を温めるには最高の代物だ。
リリーはココアを飲みながら考える。
自分に対してここまで良くしてくれる人には恩義で返したい。
しかし、対決に応じてわざと負けようものならそれは彼女の矜持を傷付ける。
どうすれば……と考えると妙案を思い付いた。
「メリアさん、冒険者の階級は何だったでしょうか?」
「ゴールド級ですわ」
「わたし、今日の依頼でプラチナ級に上がりました。つまり、この時点でもう実力差がはっきり生まれてしまっているのです。ですので、あなたがプラチナ級に上がるまでわたしは対決には応じません」
「つまり、それは逆に言えば、わたくしがプラチナ級に上がればまた対決してもらえるということですわね!? "聖域"の名を懸けた真なる戦いが出来ると!? そう仰るのですね!?」
「はい、その通りです」
「その言葉、覚えておきなさい、リリー・スカーレット! 今すぐにでも、プラチナ級に上がってやりますわよー!!」
そう高々に叫びながら、メリアはリリーの家を勢いよく飛び出した。
後日、何故かフカフカのベッドが送られてきたため、とりあえず、空き部屋に置くことにした。
〇
それから、メリアが襲来してくることはなく、程なくしてアレクの依頼のためにエルピス国に向けて出発することになり、現在に至る。
(あのベッド何だったんだろ……)
過去を振り返って、唐突に送られてきた謎のベッドの存在を思い出すが、答えは出ない。
何なら、客人用ベッドとして機能しているし、非常にありがたいのだが、何故、送ってきたのかが本当に分からない。
(まあいっか……)
それは大した問題ではないと思考を切り替える。
(今、考えるべきことは……)
リリーにとっては想定外なことが起こっていた。
まさか、本当に、プラチナ級にまで上がってきているとは……。
おまけに――――
「お待ちなさーい! 何故、逃げますのー! 」とメリアに追われ続ける始末。
彼女の実力が向上しているのは間違いない。
今まではここまで追いかけてくることは無かった。
「あ、分かりましたわ! さては勝負したくば捕まえてみろということですわね!? 負けませんわよ!」
今の状況を都合よく解釈してくれたが、なまじ能力が上がっているため撒く手段が思いつかない。
もう対決に応じた方がいろいろと楽なんじゃないかとメリアの要求に応えようとしたその時。
「キャー!!」
王都の西側に位置する居住区で甲高い悲鳴が聞こえた。
リリーは悲鳴の方を向いて立ち止まる。
その結果、メリアに追い付かれることになるが、彼女も同じ方を向いていた。
「悲鳴のように聞こえたのはわたくしの気のせいではありませんわよね?」
「そうですね……。わたしにも聞こえました……。一旦、様子を見に行きましょう……」
声の大きさからすると、今いるところからはかなり近い。
おそらく、5分ほどで行ける距離だ。
何が起こったのかは分からないが、とにかく、状況を確認すべく悲鳴の元へと向かった。




