35話
冒険者ギルドから飛び出して、とりあえずリリーの家付近まで退散することになったワイトとリリー。
二人はアパルトメントの前の広場に置かれてあるベンチに腰かけて、冒険者ギルド内で起こった出来事を話していた。
「あの光ってやっぱり」
「もちろん、ウィル・オー・ウィスプを呼んだ。詠唱を済ませておいたからな」
「あぁ、なるほど。ブツブツ言っていたのは詠唱していたからですね。だけど、無言で召喚出来ていませんでしたっけ?」
「光の精霊以外はそれでも大丈夫なんだが、光の精霊はしっかり、声に出して詠唱しないと来てくれないんだよな。無詠唱は認めませんみたいなスタイルらしい」
「へぇ……、生真面目なんですかね?」
「頑固と言った方が良いかもしれん」
そんな話をしている二人にズンズンと近付いてくる金髪の姿が。
ただ、今回はリリーと同じぐらいの年齢の少女だった。
肩にかかる金色の巻き髪、シャープな輪郭に、宝石のように煌めく金色の瞳、そしてつんと尖った鼻梁。
白いドレスに黒いタイツという華美さをあまり感じないシンプルなコーディネートだが、職人が丹精込めて洋裁した特上の品物を常日頃から着用している貴族のお嬢様のような風貌。
この圧倒的ルックスの少女が二人の前で立ち止まったかと思うと深呼吸をし、薄いピンクの唇から力強く言葉が発せられた。
「ご機嫌麗しゅうございますわ! "赤い聖域"リリー・スカーレット!! 貴方が王都<ティアレイン>を留守にしている間にわたくし、プラチナ級に上がることが出来ま――――」
そう言い終わる前に、「……後は任せました」とワイトに言い残してリリーはその場からぴょんぴょんと屋根伝いに逃走してしまった。
「待ちなさい! リリー・スカーレット! あの時の約束、忘れたとは言わせませんわよー!」とその後を追っていく謎の金髪少女。
そして、ベンチに一人残された骨太郎。
「え、どういう状況、これ?」
〇
リリーは謎の金髪少女の正体を知っている。
冒険者ギルドの同期である少女、名はメリア・フェ・スノウローズ
全く同じ日に冒険者登録を行ったばかりか、両者ともにアンデッドに対して有効な手段を持ち合わせている点が丸かぶりであった。
リリーはその点を全く気にしていなかったが、向こうはそうではなかった。
何かにつけて勝負を挑んできたが、全て返り討ちにしている。
いつしか、リリー自身が弱い者いじめをしているような気分になったため次第に彼女の存在を避けるようになった。
相手にしなければ、いつか、勝手に離れて行ってくれると思っていたのだ。
というより、そもそも、人とあまり関わりたくないと思っていた。
ある雨の日に、リリーがびしょ濡れのまま帰路に就くと、家の前でメリアが待っていた。
「ご機嫌麗しゅうございますわ! "赤い聖域"リリー・スカーレット…………って、ちょっと、貴方、びしょ濡れではありませんの!? 風邪ひきますわよ!!」
「別にいいです……」
「別に良いわけがありませんわ! 早く暖かいお風呂に入りませんと!」
その後、リリーがメリアを無視して、家の扉を開けると、有無を言わさずメリアも中に入ってきた。
「お風呂はどこですの?」
「え……左手のドア…………どうして、入ってきているんですか……?」
「こっちはトイレということは……こっちですわね!」
その後、半ば強引に風呂に入れられ、リリーが風呂から上がるとどこから持ってきたのか分からないが、ふかふかのタオルが用意されていた。
そうしてリビングに向かうと、ティーカップに入ったホットココアがテーブルに出されており、メリアは窓から外を眺めていた。
リリーの存在に気付くと振り返って言った。
「あら、上がりましたのね? わたくしのお気に入りのココアです。お口に合えばよろしいのですが……」
リリーはおずおずと口に運ぶと一言。
「おいしい……」
「それは良かったですわ! それから、この部屋、殺風景が過ぎませんこと?」
「だって必要ありませんから……」とリリーは返す。
「なるほどなるほど、無駄を極力省いた生活をしておられるということですわね!? なんとストイック……! さすがは、わたくしのライバルですわ!」
「ライバル……?」
「えぇ、ライバルですわ!」
その言葉に疑問を抱くリリーと何の疑念も抱かないメリア。
リリーがライバルという言葉に疑問を抱くのは当然であった。
メリアとの対決は『膝を付いたら負け』といういたってシンプルなルールでのタイマンだ。
周囲に被害が及ばないように、王都内で行うのではなく、王都周辺の平原で行われていたわけだが、その戦績は一方に大きく偏っていた。




