34話
「うちのバカが変なことを言ってすいませんでした」
「あ、リリーさんのご友人でしたか……。随分と変わった方とお知り合いなのです、ね?」
「ちょっとした縁でですね……」
「その縁はたぶん、極めて良くない縁かと思われますので、今すぐに憲兵に突き出すことをオススメします」
カウンター上で上半身を伏したままだったワイトがおもむろに起き上がる。
「なんで、俺っていっつも憲兵に突き出されるようなことになるのかね」
「あなたはちょっと黙ってて」
リリーからの情け容赦無い一言を受け「へい」とだけ言って、そのままカウンターに伏せてしまった。
受付嬢がその姿を見ながら不審そうに言った。
「ところで、何者なんですか。この方」
この返答にリリーは困ってしまう。
この人、実は100年ぶりに目覚めたけど何故か骨の身体になってしまっている人間なんですと返答してしまうと更なる混乱を招く可能性が大。
だったら、テキトーにごまかした方が良いのではと思案したところで、エントランスのドアが開き、そこから颯爽と現れた一人の男。
「まさか、あの"赤い聖域"に男がいたとはなぁ……」
リリーが振り返ると、そこには金髪のオールバック、白く輝く歯、整った鼻筋、金色の瞳そしてスラリと伸びた九頭身、人体のパーツを全て最上級品で構築したかのような、首元に獅子のようなファーが備えつけられたマントを身に纏い全体的に華美な印象を与える男。総じて圧倒的なルックスの良さ。
「貴方は――――」とこの男を前にしてリリーは息を呑み、そして、「誰でしたっけ……?」と申し訳なさそうに言った。
リリーはこの男を知らなかった。
知らないものは仕方が無いのだが、その背後に控える男女入り乱れた周りの取り巻きが許さなかった。
「"黄金卿"ライオネル様を知らないですって!? このぽっと出の田舎娘が!」
「このティアレインにおいて、"黄金卿"ライオネル様を知らない奴がいるとは思わなかったぞ……」
「クックック……"黄金卿"ライオメル様に出来ないことはそんなにないぞ……」
名前を間違えている人が一人いたが、リリーはあえてスルーした。
「まあ、良い。知らなければ知ればよい。寛大な我は許そう」
ライオネルは「だがな――――」と呟いて、ワイトを指さした。
「そこな、お前、新入りだな。その野暮ったい兜を脱ぎ去り、貧相な顔を公然に晒して見せよ。それが高貴な我に対する礼儀というものである」
一難去ってまた一難である。
結局のところ、鉄兜を取らなくてはならない状況に追い込まれた。
だが、なおもワイトは微動だにせずそのままカウンターに俯せになっている。
その無反応振りにリリーがある事に勘付いて、肘でワイトを突き、耳打ちをした。
「ワイト、ライオネルは貴方の方を指さして言っているのですが」
「あ、やっぱり、俺のことだった? 関わるとめんどくさそうだから黙ってたんだけど」
「で、どうします? 入り口の方は塞がれちゃっていますし……。だけど2階まで走って窓から逃げることは可能だと思います」
そこに受付嬢が二人の空気を察して小声で割り込んだ。
「今の時間帯、2階への扉って鍵が掛かっているんですよね」
「なるほど、酒場になっているから朝は閉まってて当然……じゃなくて、本当にどうします……!?」
「んー、そうだなー」
ワイトが間延びした返事をしたかと思うとブツブツと何かを呟き始めた。
同じくして、いつまで経ってもカウンターに突っ伏したままのワイトに痺れを切らしたライオネルは実力行使に打って出る。
「我慢の限界だ。その不細工な鉄兜の下、余程の醜男とみた。その面、引き摺りださせてもらおう」
瞬間、床をタンッと蹴った衝撃で周囲の椅子やら机やら人やらが壁に叩き付けられてしまう。
だが、ライオネルは一切、気にすることなくワイトの鉄兜に手をかけた。
そして、鉄兜を引き抜くと――――
「うおっ、眩し―――――」
眩い光が部屋中を遍く照らし、その場にいる者は目をつむらずにはいられなかった。
「よぉし! うまく行った!」と眩しがって俯いたままの人々をよそにリリーの手を引いてその場を後にする。
その後、辺りを視認出来るようになるとライオネルは「なかなかやるではないか」と正体不明の新入りに対して興味を寄せた。
そんなライオネルを冷ややかな目で見つめる受付嬢。
張り付けたようなニコニコ笑顔で受付嬢が言った。
「私が瞬時に衝撃緩和魔術<プロテクション:インパクト>を使っていなかったら、今の衝撃で確実に怪我人出ていますけど、そうなっていたらどう責任を取るおつもりで?」
「許せ、遊びが過ぎた」
「申し訳?」
受付嬢の言わんとしていることを察することが出来ず、ライオネルの頭の上にハテナマークが浮かび上がる。
「……?」
「申し訳ございませんでしたと言わなきゃ分からないんですか?」
「……申し訳ない」
何故、受付嬢如きに謝らねばならんのだと眉間に皺を寄せる。
しかし、実際、周囲を省みずに飛び掛かってしまった自身にも非はある。
全く腑には落ちていないが、受付嬢の行いは正当であり、自身の行いは不当。
だとすれば「申し訳ない」の一言に決着した。
――――が、受付嬢はそれでは済まなかった。
「ない?????????」
「申し訳ございませんでした」
顔面蒼白のライオネルは恐ろしく早い謝罪の弁を述べた。
その日、ライオネルは初めて、恐怖というものを知った。
あの一瞬ではあったが、受付嬢のあの表情は凡そ人間のものではなかったという。




