33話
リリーはいつもの修道服に身を包んで、家を飛び出す。
目的地は冒険者ギルドに決めていた。
昨日、ワイトが随分と興味を持っていたからだ。
こっそり抜け出して見に行っていてもおかしくはない。
まさか、そのまま中に入るなんて真似はしないと思うが。
そう思ったところで考えを改め直した。
ワイトなら中に入りかねない。
そして、何かの間違いで兜を外してしまって大事になっている可能性も……。
いやいや、さすがにあの骨太郎でもそんなことはやらないでしょとブンブンと首を振った。
そんなことを考えながら、冒険者ギルドの建物が見えると「リリーさーん!」と後ろから声が聞こえてきた。
一瞬、ワイトかと思ったが声が違う。
それは若い男の声であった。
それもたった今、頭上に広がっている晴天のような爽やかなものだ。
「はい?」と振り返るとそこには、白いシャツと茶色い革のベストを着用した青年が立っていた。
髪は黒色であり清潔さを感じさせる短髪。
そして、意志の強そうな双眸に青い瞳。
身なりこそ平民のような出で立ちだが、その佇まいには高貴さが溢れんとしている。
つまるところ、彼は――――
「あ、アレクさん、いえ、アレク殿k――――!」
「リリーさん! そこはシーっです! 身分がバレてしまうと色々めんどくさいことになってしまうので!」
彼の名前は、アレク・パンドラーズ・エルピス。
その名が示す通り王位継承権第一位の紛れもない王子である。
「すいません、そうでした……」
「まあ、大丈夫でしょう。まだ9時を回っていませんからね。人通りはまだ少ないですし……っと、そうだった。報酬の件なのですが、先に振り込んでおきました。当初、提示していた金額よりもほんの少し上乗せさせてもらっています」
「いえ、そんな」
リリーはさすがにそれは受け取れないといった様子で両手を前に出したが、アレクは爽やかに笑いながら言った。
「そう言わずに。もう振り込んでしまっていますし、父からの手紙で報酬の上乗せをするように言われてますので……逆にしなかったら帰った時に、アハハハハ、何と言われるか。ここはひとつ、僕を助けると思って受け取ってやってください」
「それでしたら……分かりました! ありがとうございます!」
「当然です、依頼したのはこちらなので。本当はこっちでどうにかするべきだったのですが……如何せん、どうしても外せない用事があったのでですね……。では僕はこの辺で」
そう言って、立ち去ろうとするアレクをリリーは呼び止めた。
「あ、すいません、なんかこう安っぽい鎧を身に付けたこれぐらいの背の人を見ませんでした?」
「んー、そうですねぇ。安っぽいかどうかはさておいて、見慣れない人なら見ましたよ。30分ほど前に冒険者ギルドの方に歩いて行っていた気がします。お知り合いですか?」
「あ、はい、ちょっとした知り合いです! ありがとうございます!」
リリーは頭を下げて、そのまま冒険者ギルドへと走り去ってしまった。
その後、一人になったアレクはポツりと零した。
「見た感じ、順調そうだね。とりあえず、ティターニアさんに報告しないと……」
その後、アレクもその場を後にした。
〇
冒険者ギルドの扉がバンと開かれる。
そこに立っていたのは赤い髪と修道服が特徴で、『赤い聖域』という二つ名で良く知られた少女だった。
1階のロビーには左手に掲示板、右手には2階の酒場に繋がる階段があり、二人掛けのテーブル、四人掛けのテーブルなど交流スペースが確保されている。
そのテーブルには既に何人かの冒険者が椅子に腰かけていた。
リリーは正面の受付に聞き覚えのある声を発している安っぽい鎧を身に付けた男が一人いるのを見つけて、ずんずんと歩みを進めていく。
「ちょっと、ちょっと! これ、使えないのー!?」
受付嬢にワイトがひらひらと見せ付けている1枚のカードのようなもの。
そこには顔写真、名前、ランク、所属などの記載があるが黒く薄汚れているためしっかりとは読み取れない。
「これ、いつの時代の代物ですか。旧式にもほどがあります。今は冒険者認証は網膜で行っていますので――――」
受付嬢は怪訝な表情をしている。
確かに、昔の冒険者認証ではカード式であったことは知っていた。
だが、それは今から60年前に撤廃されており、それから上腕部の入れ墨式へと切り替わり、現在は網膜式に切り替わっている。
そんな昔のカードを持っているとは思えない上、考えられる要因としてはひとつ。
「もしかして、死体荒らしですか?」
「いやいやいや、死体荒らしだなんてそんな罰当たりなことは俺はしないぜ?」
「でしたら、何ですか、偽造ですか。憲兵……呼びましょうか?」
「HAHAHA、これは偽造でもなければ、死体荒らしでもなくてですなぁ。正真正銘、俺のギルドカードに間違いなくてですね」
「百歩譲ってそれが本当だとしたら、シワシワのおじいさんじゃないとおかしいのですが、ちょっと鉄兜を外していただけますか?」
「良いのかなぁ。そんなこと言っちゃって。たぶん、たまげると思――――へヴっ」
後方からの奇襲により、ワイトの頭がカウンター上にドンと叩き付けられる。
いきなりの出来事に受付嬢が目を真ん丸としている中、ワイトの背後からひょこっとリリーが姿を現した。




