3話
「陛下ー! 南門一帯のアンデッドが消滅した!!」
南門の防衛を担っていた騎士団長クレスが息を荒げながら玉座の間に飛び込んだ。
その結果、たった今、玉座の間から出ようとしていた国王に開いたドアが直撃し勢いよく尻もちをつく羽目になった。
その光景を見たクレスは青ざめる……などということはなく、目を丸くしてただ驚いているだけであった。
「うおー! 陛下ぁー! 大丈夫か、申し訳ない! だが、今は許してくれ!」
ヘーラが鬼の形相でクレスに詰め寄る。
「兄上ーー!!!! 陛下に向かってなんということをーー!!!!」
「いやいや、わざとじゃないんだ! 仕方ないだろ! まさかドアの真ん前にいるだなんて思わなくてだな……」
国王は腰を擦りながら立ち上がると、兄に対して今にも噛みつかんばかりのヘーラを宥めた。
「とりあえず、ヘーラ、余は問題ないから落ち着いてくれ。――――それでクレス、何があった?」
国王の視線がクレスに向いた。
「おー、そうだそうだ。心強い助っ人がやって来たぜ!!」
クレスはそう息巻くと、自身の後ろを指さした。
そこには修道服に身を包んだ少女が立っていた。
真ん丸とした大きな黒目をした、優し気な雰囲気の少女であった。
「いきなり押しかけてごめんなさい。私、通りすがりの冒険者です。名前はリリー・スカーレットと言います。アンデッドに襲われているのをお見受けしたので、いてもたってもいられずに駆けつけてしまいました」
ヘーラは修道服で冒険者……と訝しんだが、その疑問は少女が名乗った名前によって解消された。
「リリー・スカーレット……まさか、"赤い聖域"ですか」
「その二つ名はちょっと恥ずかしいのですが、巷ではそう呼ばれているみたいですね」
リリーは目を逸らしながら、小声で答えた。
「知っておるのか?」
国王がヘーラに問いかける。
「はい、存じております。アンデッドの討伐を中心に活動している冒険者とかで……その実力はブラック級に達しているとの話も」
「マジか……ところで、ブラック級はどれだけ凄いんだ?」
クレスの問いかけにヘーラが答えた。
「一流の冒険者が到達するレベルであるらしいのですが、私もそこまで詳しいことは……ただドラゴンはワンパンで行けるかと」
「やべぇな……。いや、確かにあの動きは凄まじかったが、にしてもやべぇな」
「だけどまさかその若さでとは……信じられませんね……」
リリーは褒めちぎられる状況に耐えられなくなり、異議を申し立てた。
彼女の事実とかなりの相違があったためだ。
「まったく誰ですか! ブラック級だなんて、そんな噂広めたの! 話に尾ひれが付きすぎですよ! というかクレスさんにわたしプラチナ級だと言ったはずなのですが!」
リリーは気恥ずかしさのあまりに声を荒げた。
一方のクレスは白い歯を見せながらニカっと笑いながら平謝りをした。
「あー、そうだったような気がする。~級とかいうのはあまり気にしないたちでなぁ。スマン!」
3人が冒険者について和気藹々と話を繰り広げる中、蚊帳の外に放り出されていたのは国王だ。
国王は冒険者というものがどのような存在なのか詳細を知らないため、ぶらっく? ぷらちな? というのがさっぱり分からなかった。
国王は肩身狭そうに談笑中の3人に口を挟んだ。
「話の最中、申し訳ないが、冒険者とは……」
その声を聞いて、ヘーラは飛び上がった。
「し、失念しておりました、陛下。大変申し訳ございません。冒険者とは冒険者ギルドに所属している人たちのことを一般的に指しており、その階級は低い方からビギナー、シルバー、ゴールド、プラチナ、ブラックの計5つございます……」
「なるほど、その頂点に位置する階級がブラックというわけか」
「左様でございます。上の級であればあるほど、報酬の良い依頼を受けることが可能ですがその分危険度も高いため死亡するリスクが上がります。ですので冒険者ギルドでは、危険度の高い依頼に関しては級制限を設けることにより、報酬欲しさに実力不相応な依頼を受けて死んでしまう冒険者を極力減らそうとしたわけです」
「なるほど、冒険者とて人間。実力のある者はともかく、実力のない者が欲を出して死なないようにギルド側が用意した安全策のようなものだな?」
「仰るとおりでございます……ほかにも――――」
ヘーラが冒険者についての補足を話そうとしたが、国王は知っておかなければならないことを尋ねた。
「それでヘーラ、プラチナ級とはどれほどの実力のものを指すのだ?」
「一般的にはゴールド級で1人前と呼ばれるらしいですから……プラチナ級がどれほどの実力であるかまでは分かりかねてしまいます……」
ヘーラは当然のことながら冒険者ではないため、その詳細には疎かった。
そこで空かさず、リリーが補足に入る。
「プラチナ級冒険者は、パーティーのおいてはドラゴン一体の撃退もしくは討伐、ソロの場合はミノタウロスを一体討伐できるぐらいの実力が一般的です」
それを聞いて、国王の眉間に皺が寄った。
そのレベルだとするなら、果たしてこの少女に任せても良いのかという疑問であった。
「なるほど、リリー殿はプラチナ級と言っていたわけだが……」
「仰ることは分かります。プラチナ級である私にあのアンデッドらを全滅させるだけの実力があるのかということでしょう?」
「そうだ、人助けのために自身の身を挺するのは尊い行いではある。だが、いささか無謀なのではないかと余は思っておってな。一人の人間、ましてや、若者の命をみすみす散らせるわけにはいかない」
国王の不安はもっともであった。
勇気と蛮勇は紙一重。
国難に苛まれているとはいえ、それを解決するために果たして一人の人間を犠牲にしても良いものなのか。
大手を振って頷くことは出来ない。
だが、そんな国王をよそにリリーは淡々と答える。
「心配には及びません。相手がアンデッドであるのならばわたしは――――」
その瞬間、空気が張り詰めた。
「絶対に負けませんから」
およそ少女が持ち合わせるとは思えない静かな迫力にその場にいる誰もが息を呑んだ。
ほんの数分前、あまりに持ち上げられてしまって恥ずかしいと音をあげたあの少女らしい一面は何処かへと消え失せていた。