29話
「いや、この人はその色々と複雑でして……」
「ほう? 複雑とは、どのように?」
門番は重厚な鉄兜を被っているため、表情を窺い知ることはかなわない。
だが、疑いの眼差しを向けられているということは嫌でも分かった。
「それはその、ちょっと見た目が」
苦し紛れに返答するもジリジリと壁際の方へと押されている。
それを見かねたワイトが兜に手をかける。
「こういうのはな、口で言うより直接、見てもらった方が早いんだわ」
「ちょっと――――」
静止虚しく、ワイトは兜を脱ぎ去った。
リリーはもしかすると、魔術で人の顔を復元しているのではと……と内心期待したがそこに現れたのは紛うことない頭蓋骨であった。
「貫け――――『清浄の槍』」
門番はその姿に一切、取り乱すことなく先手を打つ。
手に持った槍が金色の光に包まれたか思うと、その穂先が眼前に迫る。
洗練された鮮やかな動き。
ただ一点、狙うは骸骨頭のアンデッド。
これは至近距離での戦闘だ。
もはや、ワイトに避ける余裕はない。
だが、そもそも避けるつもりもなかった。
「いやぁ、危ねぇ危ねぇ。これが突き刺さったら痛いじゃ済まないかもなぁ……」
ワイトは煌々とした光を放つ槍を素手で掴みながら飄々と言った。
一方、門番からは静かに問いかけられる。
「……一つ聞く、お前はどこから来た?」
「嘆きの森だ」
「あぁそうか。……兄の話は真であったとたった今、証明された」
槍を包んでいた光が小さな水疱のように散っていき、門番は槍を降ろす。
同時にワイトも兜を身に付けた。
「すまない、非礼を詫びる。通れ」
門番は兜を脱いで謝った。
その姿にリリーは驚いた。
てっきり、男だと思っていたのだが、その姿は女であったからだ。
それも同性であるリリーでさえも見惚れてしまうような美しさであった。
肩にかからない程度に切り揃えられた黒髪。
雪のような色白の肌。
水色の瞳を宿した切れ長の目。
凛々しくもあるがそれは同時に近寄りがたさもあり、実際、リリーは圧倒されていた。
一方、ワイトは顎に手を当てて考え事をしている。
門番の発言からある冒険者の存在が脳裏を過っていたのだ。
「一つ聞いてもいいか。その話を聞いたのは今から何年前だ?」
「ざっと3年前だ」
「なるほど、とするなら、あいつの妹か。あいつもいきなり斬りかかってきたが……誤解が解けてみれば気の良いやつだったよ。元気にしているのか?」
ワイトは3年前に目覚めてから、嘆きの森に迷いこんだ人間を外へと逃がす案内人のようなことをやっていたのだが、大多数はその姿故に、逃げられてしまっていた。
逃げられなかったとしても、いきなり斬りかかったりされることもあった。
リリーや、この門番の兄のように人間らしい会話が出来たのは片手で数えられるほどしかいなかった。
「あぁ、元気にしているとも。最近は階級が上がったとかで難度の高い依頼を受けるようになり、家に帰って来ない日が多くなっているがな……」
「それはちょっと寂しいんじゃないの――――」と茶化すような物の言い方をするも、門番は「寂しくなどない」と即答した。
その即答ぶりに否定が、もはや肯定となってしまっている事実に門番は気付いていない。
このまま下手に追及するとまた槍が飛んでくるかもしれないと危惧したリリーが話題を変える。
「あ、そういえば階級が上がったとのことですが、どの階級に上がったのでしょうか?」
「ブラックだ」
「ブ、ブラックですか……!? 凄いですね……!」
「驚くようなことではない」と言いつつも、目元に笑みがこぼれ、クールな表情に綻びが見える。
リリーが門番に対して感じていた印象、それはワイトの見た目が見た目であるため仕方ないところもあるが、間髪いれずに攻撃を仕掛けてきた感じからもっと冷静で冷酷な人物であると思い込んでいたのだ。
だが、兄のいない寂しさや兄を褒められて嬉しく思っていたりと感情を表には出さないようにしているだけで、そこから漏れ出す人間らしさをリリーは感じ取っていた。
リリーは話を続ける。
それは素直にブラック級に上がった話が気になったからだ。
「ブラック級といえば、プラチナ級でも一握りの人間しか上がれませんから、本当にスゴイと思います……」
「いや、それを言うなら君も賞賛に値する活躍だ。1年前に冒険者入りを果たしたかと思いきや破竹の勢いでプラチナ級にまで上り詰めたのだからな。普通はそこまで行くのに5年はかかると言われている。兄でも3年かかっていた」
「よくそんなこと知っていましたね!?」
「凄まじいスピードで階級を上げている冒険者の新米がいるという話は前から聞いていた。それから"赤い聖域"という二つ名もな」
「それはアンデッドに強い特性を活かして、そういう系統の依頼ばかり受けていましたから。それにしても、赤い聖域って誰が言い出したんでしょうね……。それ、ちょっと恥ずかしいんですよね……」
「そうだな、誰が言い出したかはさっぱりだが、二つ名というものは相応の実力を持つ者にしか付けられない。つまり、それだけ、君の力が認められているという証左に他ならない」
「そ、そうなんですかね……?」と気恥ずかしさのあまりに声が裏返る。
門番はワイトと違って冗談などを言わない真面目な人間だ。
そんな人から大真面目に褒められているのだから、リリーは照れを隠さずにはいられない。
そんなリリーの問いかけに門番はコクリと頷き、ふと周りを見渡した後に再び話を続ける。




