27話
「なあ、リリー、お前の父親は何者かによって異形の姿に変えられてしまった可能性がある。だったら、元に戻す方法だって――――」
「そんなものはありません」
リリーの視線は冷たかった。
ワイトを敵とみなして襲い掛かってきたあの日よりもさらに冷たい。
だが、その視線に怯むことなく、なおも食い下がろうとする。
「探せば――――」
「無いものは無い、師もそう言っていました。現状、元に戻す手段は無い。だから、殺すしかない。わたしが終わらせてあげるしかない」
「お前の言う師が言っていることが絶対に正しいとも言えないだろ」
「……ワイト、世の中にはどうにもならないこともあると思うのです」
リリーの父親に関する話は小屋の中で聞いている。
そして、彼女の覚悟もしっかり聞いていた。
だが、ワイトの中で、どうもしっくり来ないことが一つあったのだ。
それは他に手段が無いと思い込んでいるから他の道を模索しようとすらしていない可能性だった。
リリーは端から諦めてしまっているのではないか。
そして、それは確信に変わりつつある。
しかし、その事を追及するのは今ではないと感じた。
まだ時間が必要だと思ったのだ。
「そうか。そこまで言うのなら、俺がとやかく言うのはよしておこう。だけど、リリー、自分の願いに嘘は良くないぜ」
「何ですか、偉そうに」
リリーはそう吐き捨てるように言うと、ワイトを一瞥して再びイスラフィル王都<ティアレイン>へと歩みを進めようとした。
だが、突如、後ろの方が騒がしくなったため、再び振り返るとそこには――――
「よいしょ!」と崩壊した家の瓦礫を撤去しているワイトの姿とどこから湧いて来たのか、茶色い頭巾を被った30cmほどの髭面の数十体もの小人が同様に威勢の良い掛け声を上げながら瓦礫の撤去作業を行っていた。
「よっこらせ!」
「ほいさッ!」
「ほいさッ!」
「ほいさッ!」
「ほいさッ!」
「え」と言ったまま、ポカンと口を開けるリリー。
視線の先で瓦礫をせっせと取り除いていく、ワイトと小人。
見る見るうちに瓦礫が無くなっていき、かろうじて残っていた家の外壁が露出した。
「な、何をやっているんですか!?」
「そりゃあ、見たら分かるだろ。瓦礫の撤去だよ」
「それは分かりますが、どうして!?」
「いやいや、家を建て直すにはまずは瓦礫を片付けないとだろ?」
「建て直すってそんな――――」
「父親のことはまあ置いとくとして、母親も妹さんだっているんだろ? だったら、帰るべき家は用意しておかないとな」
家の跡地から持ち出された瓦礫がいつの間にか掘られていた大きな穴に放り込まれていく。
唖然としているリリーをよそに瓦礫の撤去作業はなおも続き、驚異的なスピードで瓦礫の撤去は終わった。
その後、小人らによって穴は埋めなおされ、こんもりとした小さな山が出来上がる。
全ての作業工程が終了し、ワイトの前に小人らが集まるとワイトが話し出した。
「土の精霊の皆さん、ありがとねー!」
この小人たちは土の精霊であるらしい。
光、風に続き土の精霊の登場。
残る精霊は水、火、雷、闇の4種類だが、全精霊が呼ばれるのもそう遠くはないだろうなとリリーはその規格外さに半ば呆れているが、その最中、ワイトの声が飛んできた。
「ほら、リリーもお礼を言って!」
「あ、は、はい。ありがとうございました!」
「「「「「「「「「「ほいさっ!」」」」」」」」」」
「わわぁっ」
何重にも重ね合わさった声に圧倒され、少しばかり仰け反ってしまうリリー。
その後、土の精霊たちは役目を終えたと言わんばかりに独りでに一体、また一体と消えて行った。
「一応、言っておくが、これは別に死んでるわけじゃないから安心してくれ」
「大丈夫です。それぐらいは分かっています。命令完遂による自然消滅。彼らからすればそちらの方が状態として安定しているとかいう話ですよね? 精霊学初級の本にそのようなことが書いてありましたから」
「あー、大体そんな感じだと思う。てか、その本って、サルでも分かるってやつ?」
「何を言っているんですか。サルが分かるわけないでしょ。読んでみたわたしも良く分からなかったんですから。初級と銘打って置きながら難しすぎるんですよ」
「だったら、俺も無理だなー」
「無理ならどうして使役出来ているんでしょうか……。そういえば――――」
リリーはワイトの方へと向き直り言った。
「本名を教えてほしいと言っていたことがありましたよね?」
「あー、あったねぇ。そういえば」
「今回のお礼というつもりではないのですが、教えてあげます。リリー・リード、それがわたしの本名です」
リリーは本名を明かさないつもりでいた。
他人との信頼関係を築くことをとうに諦めていたからだ。
だが、崩壊した家の瓦礫の撤去を何の見返りもなく、さも当然と言ったばかりに行ったワイトに対して、自身の本名というその程度のことすらも明かさないままでいるのは後ろ髪を引かれる思いがした。




