26話
「了解、と言いたいところだがその必要はないんだわ。人の感情には機敏な連中だからね。というか、その割にはなんか魘されてたみたいだけど」
「……そうですね、昔の――――夢を見ていました」
「夢か……。でもそんな悪夢を見たのなら旨い飯を食って忘れろってな! てなわけでぇ、飯の時間だぞぅ!」
ワイトは夢の内容に深入りしようとはせず、昼食に取り掛かろうしている。
リリーはふと疑問に思った。
食材はどこにあるのかと。
「食材はどこに?」
「お前がスヤァしている間に川から捕ってきたんだ」
その後、ワイトは空間を爪で引っ搔くような仕草をしたかと思うと、その空間が裂ける。
そして、中から水の入った木の桶を取り出した。
それは空間魔術と呼称されるものであった。
使用用途は覚えたての冒険者がポケットサイズのものをちょっとした収納などに使ったり、一部の天才が巨大な空間を生成して魔術実験のために使ったりなどピンからキリまで存在している。
ワイトは取り出した桶の中身をリリーに見せる。
「ちょっと、捕りすぎたような気がしなくもないが、まあ余ったら干物にすれば良いしな」
桶の中を泳ぎ回る魚を見てリリーが言った。
「これぐらいだったら全部、食べきれます。非常食として残しておくというのなら話は別ですが――――」
リリーの関心はそこではなかった。
たった今ワイトの用いた魔術に興味があった。
「やっぱりというか、当然というか。ワイトも空間魔術使えるんですね」
「いや、なんかな、ひょんなことから記憶が少し戻ってな。昔、使っていた魔術を思い出したんだよ」
「空間魔術に関してはわたしも使えますから」と謎の張り合いを見せるリリー。
そう言って、ワイトよりも上品に爪で空間を引っ掻くとそこに亀裂が生まれた。
そして、中から水筒を取り出して飲み始めた。
「いや、その手の魔術は前から使ってたでしょうよ。何故、わざわざ?」
「な・ん・と・な・くです」
「そうか……。はい、とりあえず、クッキングタイム入りますよ」
〇
「もぐ、んむっ、うまい」
リリーの正面には鎧を着た骸骨が焼き魚を頬張っており、その前には焚火に照らされる3本の串刺しの魚が。
ほんのりと焦げ目が付いており食べ頃であるのは間違いない。
その内の一本を手に取って、リリーも頬張った。
「はむっ……美味しい!」
火で炙っただけではあるものの鮮度が良いため大した味付けをしなくても十分に旨かった。
結局、二人は捕ってきた魚を全て平らげて街道の上を通り王都に向け歩みを進めていく。
その途中、街道から少し外れたところに瓦礫の山が見受けられた。
かろうじて何らかの建物の跡だということが分かった。
「随分と派手に壊されてるなぁ」
「ですね」
リリーは素っ気なく返事をし、足早に先へと行こうとしている。
その様子はまるでそれを見ないようにしているかのようだった。
ワイトは後ろから声を掛けた。
「もしかして、何か関係あったりする?」
その問いかけに答えようと後ろを振り向くリリー。
「関係なくは……ないですよ。あの瓦礫の山は元々、わたしの家でしたから」
「はい?」
想像を越えた答えに、言葉の意味をそのまま捉えられないで半ば困惑するワイト。
そんなワイトに補足するようにリリーが瓦礫の山を見つめながら説明する。
「3年前のあの日、わたしの家族はバラバラになってしまったんです。あの瓦礫はその象徴と言っても良いかもしれません」
「良かったらでいいんだが何が起こったのか教えてもらっても大丈夫か?」
「……良いですよ。ですが、断片的なことしかわたしは覚えていません。家族4人で夕食を囲んでいると突如として窓から強い光が差し込みました。父が何事かと思い家の外に出ると、突然、叫び始めてそれを聞いた母と妹、それからわたしも外に飛び出ると背中に竜のような翼の生えた父の姿があって、それから――――」
リリーは言葉に詰まった。
その心情を察したワイトはすぐさま謝った。
「すまん、悪かった……。無理はしなくてもいい」
「いえ、違うんです。わたし自身もあの日の事は記憶が曖昧なので……。ただ、それから間もなくしてわたしは気を失ったんだと思います。そして、次に起きたところは師の家で……父がどのような姿になったのかを聞かされました」
「父が屍竜になっていたという話だな……?」
「ですね。わたしも当初は信じられませんでしたが、師は冗談を言うような人ではない上、変異する過程の父の姿をわたしは見ていますから師の話には信憑性がありました」
「その師ってのは昔から交流があったのか?」
「いえ、以前からの交流はありませんね。家の付近で倒れていたわたしの姿を見かけて保護してくれたそうです。そして、その側にいた一体の屍竜からガラガラの声で「娘を頼む」とだけ言い残され、何処かへと飛び去っていたそうです。今思えば、それが父の最期の自我だったのでしょうね……」
自嘲気味に呟くリリーを見て、ワイトはひとつの提案をしようとした。




