24話
浮いたままのリリーをそのままに、ワイトは下から迫り来る敵を迎え撃たんと突貫を仕掛ける。
小さな影とそれを包み込むような大きな影。
体格差ではバルログが圧倒しているが、闘いはそれだけでは決しない。
バルログは下からであり、ワイトは上から攻める分、場の状況はワイトにアドバンテージがある。
それを活かして相手の懐に入らんとし距離を詰めるが、そのまま入り込ませるバルログではなかった。
直線に詰めてきたワイトの攻撃をするっと下に抜けて回避し、宙に浮かんだままのリリーの方へと一直線に進んでいく。
まるで逃した獲物を執拗に捕らえんとする血に飢えた肉食獣のように加速していく。
このままではバルログがリリーに到達するのは時間の問題だ。
だが、ワイトは少しも焦ってはいない。
先を行かれてしまったバルログの後ろ姿を見ながら淡々と言うのみだった。
「飛んでいけるもんなら飛んでいきな――――その翼でな」
途端、バルログの翼が見るも無残にバラバラとなる。
バルログが下に潜り込んだあの時、黒い翼に無数の斬撃を浴びせていた。
滑空するぐらいだったらおそらく翼は形を保っていただろう。
だが、加速したことにより負荷がかかりあえなく自壊し、哀れにも落下していく。
ワイトはバルログに止めを刺すべく、その真下に高速で移動すると剣を上に向けた。
バルログは下で待ち構える存在に気付き、渾身の力で薙ぎ払おうとする。
だが、その前腕はあっさりと切り落とされ、次の瞬間には肉厚の胴を貫かれていた。
「あぁ……クソ……。やっぱりこいつもか」
その細身の剣は確かにバルログの躰を貫いている。
だが、拍子抜けするほどに手応えがない。
さらさらの砂の中に棒を突き刺したかのような感じであり、その感触にワイトはうんざりしていた。
坑道が崩壊したあの後、地下から湧き出た計10体ものバルログの襲撃を受けたがそのいずれもが同じ感触であった。
そして、11体目となるこのバルログもまた同様。
「こいつも分身かよ……」
ワイトがそう嘆くと、バルログの躰が石のような灰色になったかと思うと全身に亀裂が入りやがてそれは砂となって空中にバラ撒かれた。
「本体はどこだ? もっと深層にいるのだろうが――――にしても、この廃坑、やばすぎだろ……」
迷いこんだ冒険者を案内せずに良かったと冷や汗をかいた。
とにもかくにも、この戦闘に一旦、区切りが付けられる。
辺りはすっかり暗くなり、夜空には星が瞬く。
ワイトは、ぽかんと浮いたままのリリーの下へと向かった。
「終わったのですか……?」
リリーがおずおずと尋ねる。
「ああ、なんとか終わった。だけど、すまん」
「何がですか?」
「巻き込むつもりはなかった。坑道が崩落したあの瞬間、地下から禍々しい気を感じたから風の精霊にお前を護るように命じたつもりだったんだ」
「あぁ……あの時ですか」
坑道が崩落したあの時、リリーを包み込んだ強い風の力は精霊のものであったのだ。
リリーはそのように事実を飲み込もうとしたところで重大なことに気付いた。
「ちょっと待ってください……風の精霊も喚べるのですか?」
「あぁ、そうだ」
「そんな簡単に言わないでくださいよ……。光のみならず風までも……何ですか、精霊使いなんですか?」
「そうと言われればそうなんだろうな、記憶が曖昧で魔術の使い方は分からないし、俺が浮いているのも風の精霊の力によるものだ。ああ……ちなみに、さっきの答えだけどあれも風の精霊によるもので、本来だったら、バルログをまくだけの素早さはあるはずなんだが……風の精霊はちょっと自由過ぎてね。もしかすると、地上に降ろして満足していたのかもしれないな」
「そうして窮地に陥ったわたしを発見して慌てて救出に来た。それがいきなり身体が浮き上がったことの真相ということでしょうか……?」
「うんと言いづらいけどそういうことになる」
「でも、助かりました。地上に降ろされた時そのまま信じて待っていれば良かったのに、下手に廃坑に近付、く……から……」
そう言ってリリーの意識が消失。
後ろ向きに倒れ込むが、風の精霊によって浮いたまま仰向けになる形となった。
「おい!? リリー!?」と声を上げて心配するワイト。
だが「スー……スー……」という寝息が聞こえてきたため、疲れて眠ってしまっただけなのだと気付いた。
「寝ちまったか。ま、無理もないか」
ワイトはリリーに感謝している。
彼女に会わなければ、ワイトは今も森の中から出られていなかったのだから。




