17話
抵抗虚しく、再びティターニアにマークされてしまう。
「で――――ダメなの? どうなの?」
リリーは直感した。
この妖精からは逃げられない。
そこで、意外な助け船が出た。
「もう、勘弁しちゃってくんないかね?」
「あら、ごめんなさい。この子の反応が面白いからついついからかってしまったわ」
その後、リリーの耳元にまで飛んでいくと囁くようにして言った。
「リリーちゃん、ごめんね」
その直後、フーと息を送り込む。
「あ、あぁ……!」
リリーは背筋から登ってくるゾクゾクとした感覚に声を漏らさずにはいられなかった。
空かさずワイトが抗議をする。
「変な趣味に目覚めたらどうするんだ!」
「それはそれでいいじゃない」
ティターニアはにこやかに笑いながら答えた。
そういえば……とワイトは話を切り出す。
「女王の下へ案内するってここに迷ってくる冒険者皆にそうしていたのか?」
「違うわ。それは貴方達が特別なだけよ。正確には貴方」
そう言ってワイトの方を指さした。
ワイトはおもむろに後ろを見ようとするも、空かさずティターニアから「貴方よ! 貴方」と突っ込みが入った。
「いやぁ、悪い悪い。ただのジョークだ。許してくれ」
「ほんと、昔から変わらないんだから――――」
今の発言にリリーは強い違和感を抱いた。
あの言い方ではまるで、昔からの知り合いであるかのようであったからだ。
それが気になるが、ティターニアから受けた生々しい感覚がまだ耳元に残っているため、気恥ずかしさで声が上ずってしまいそうになるが、なんとか気持ちを落ち着けることが出来た。
「あの、……ティターニアさん……。ワイトのことを知っているんですか?」
「えぇ、よく知っているわ。どうして彼が記憶を無くしているのか、何故アンデッドの姿になっているのかも、ね」
「一応、確認のために聞くがそれを教えてくれと言って教えるつもりはないんだろ?」
「当たり前よ。それじゃあ面白くないじゃない」
「そう言うと思った。昔、ぼんやりとだけど性格の悪いなんか小さいのと一緒に旅をしていた記憶があるわ」
ティターニアは頬を膨らませて、不機嫌そうに言った。
「あーあ。せっかく、この森の外に出る権限を与えようと思ったのになぁ。そんなひどい悪口を吐くような悪人を外に出すわけにはいかないかなぁー」
この発言に「あー! お前のせいかよ!」とワイトは声を大きく荒げた。
心当たりがあったためだ。
3年前に目覚めてからこの森の外へと出ようとするも見えない壁に阻まれて出られなかったのだ。
廃坑の中から森の外へと抜け出せるかもしれないと考えたが、廃坑の出口に見えない壁が張られており断念した。
浮遊魔術で空からも試してみたが、同様であった。
それらは全てティターニアが森の外へと出られないようにワイトに対して術を施していたからだ。
「なんでそんなことしたんだよ!」
「教えてあげませーん」と下まぶたを人差し指で下に引っ張り舌を出している。
「ぐぬぬ……」と拳を震わせているワイトを尻目にリリーが同じ質問をした。
「だけど、どうしてそのようなことを……?」
「それは機会を待っていたからよ。またとない機会を、ね?」
「ちょ、なんで俺の質問には答えないんだ――――」
ワイトはリリーとの扱いの格差に抗議するも、取り合ってもらえず話は二人の間でのみ進んでいく。
そのため、「へぇへぇ、野郎は退場しますよーっと」と言ってその場から離れ、近くのトレントの方へと歩いて行った。
「機会ですか?」
「えぇ、彼はある存在と再会しなければならなかった。そのため、その辺をほっつきまわらせるわけにはいかなかったのよ」
「その、ある存在というのは何でしょうか?」
「それは秘密」とチロリと舌を出して話を中断した。
「わたしから質問しても良いですか?」
「えぇ、いいわよ」
「ワイトは人間に戻れるのですか?」
「そうね、戻れると思うわ。あれは……今となってはただのガワのようなものだから」
そう言ったティターニアはトレントの肩に乗って寛ぐワイトに視線を向けている。
ただ、その横顔はどこか悲し気であった。
昔、旅をしていた時にワイトがそうなってしまう出来事があったのだろうか。
リリーはティターニアを見つめながら過去にあった出来事を推測していると、目が合ってしまって、サッと視線を下へと逸らした。
ティターニアはそれを気にすることなく、突拍子も無いことを言い始める。
「あぁ、そうだ。彼の姿を元に戻したいのなら一つ試して欲しいことがあるのだけれど?」
「それは何でしょう? わたしに出来ることだったら良いのですが……」
「難しいことではないわ。簡単なことよ。というか、貴方じゃないとダメなことね」
「と言いますと?」
「キス」
「え……今、何と?」
ティターニアの言ったことが、俄かには信じられず、聞き返すリリー。
「だから、キスよ。異形と化してしまった人間を元に戻すのは古来より愛する者からの――――」
「嫌ですよ!! そんなの!! どうして、わたしがあの骨野郎としなくちゃいけないんですか!?」
「ふっふふ、冗談よ」
「冗談が過ぎますよ!?」
「でもまあ、元に戻る方法を私は知らないのだけれど、彼の記憶が戻るうちにきっと見つかると思うわ」
「そうですか……。だったら良かったです」
「いざとなったら、リリーちゃんのキッスもあるしね……」
「怒りますよ!!」
リリーが気恥ずかしさと怒りで両手を激しく上下させている中、「悪口大会は終わったかー」とその場を離れていたワイトが近付いて行った。
合流して、一番に思ったのがリリーの様子がちょっとおかしい。
訳を尋ねるも、ティターニアから「そういうお年頃なの」と返答があり、余計、訳が分からなくなってきたため、とりあえず、隅に置くことにし、さっきから思っていたことを言った。
「てか、女王の下に案内しなくて良かったのかよ」
「あぁ、その必要はないわ。だって――――それって私のことだし」
「は?」
「え?」
ティターニアはキョトンとした顔をしている二人を上から見下ろしながら話を続ける。