13話
「この肉、硬ったい!!」
リリーは真っ黒な何かの肉に齧り付いていた。
「干し肉知らない? 大体、こんなもんだよ」
「いや、干し肉は知っていますが、何の肉ですか。これ」
「ワイバーンの肉だよ。鶏肉に似た淡泊な感じがして意外と美味しいよね、んー、うまうま」
リリーと違ってワイトはボリボリと肉を齧っている。
「というか、何でアンデッドなのに食事してるんですか。生命に申し訳ないと思わないのですか」
「仕方ないじゃん。見た目こそこんなだけど、お腹空くんだもん」
「わたしはあなたという存在がよく分かりません……」
リリーは昨晩の時点で、気付いてはいたが。
このアンデッドは今までに自身が出会ってきたものとは根本的に何かが異なっている。
考えられる理由としては、ワイトが言っていたように呪いによって姿を変えられたという説が濃厚ではあるが、それを認めるとなんだか負けたような気がするため、ギリギリではあるものの一応アンデッドの括りに含まれていた。
「よく分からないのが人間というものだよ、あ、コーヒーいる?」
「まあ、あなたは今のところ、どう見たって人間ではありませんけどね。……ブラックでお願いします。それと、ようやく嚙み切れました。意外と美味しいですね」
「でしょー!?」
ワイトは食いかけの干し肉を皿の上に置くと、キッチンでカップにコーヒーを注いでいる。
「そういえば、気になってたんだけどさ。何をそんなに急いでいたんだ?」
「あなたには関係のないことです」
「そっかぁ。わざわざ、一晩泊めてくれた人に対する仕打ちがこれかぁ。玄関ドアは破壊されて、屋根も凹んで、タダ飯まで食らわされて――――」
「分かりました! 分かりましたよ! 言えば良いんでしょ! 言えば!」
「別にぃ~? 無理にとは言わないよぉ~?」
「あー、もう! うるさい!」
ワイトがコーヒーを次いで席に戻ってくると、リリーは仕方なく話を始めた。
〇
「なるほど、屍竜となった父親を追ってねぇ……。やだ、泣けてきちゃう」
そうは言うものの、涙を流すばかりか肉をボリボリと頬張っているものだから言葉と行動がまるで一致していない。
この様子を見ていたリリーは半ば呆れながら言った。
「少しは同情したらどうなんですか……。この話をして気まずくならなかったことなんて一度も無いのですが」
「だって、お前はそれを望んでいないだろ」
「え……?」
「同情を求めているのなら俺はいくらでも可哀そうだねと言ってやる。だけどお前は決してそれを求めてはいない。違うか?」
「え、いや、その……はい」
終始、ふざけ倒してばかりであったワイトが、急に真面目なトーンで話すものだから、リリーは面食らってしまい返答がしどろもどろになってしまった。
「だよな。じゃなきゃ、いくらアンデッドになったからとはいえ肉親を手に掛けようなんて出来ないはずなんだ。それは生半可な覚悟で出来ることじゃないし、ましてや同情して欲しいなんて甘えた心で出来るようなことじゃない。お前はお前の責任を果たそうとしている。俺はすげぇと思うぜ」
リリーの食事の手は止まっていた。
ふと、冒険者になりたてのことを思い出した。
あれはそう、家族の話題になった時だ。
この人なら……と意を決して父親が屍竜となった話をするも、相手は引き攣った顔を浮かべながら同情の言葉を投げかけてきた。
次第にリリーはこの話はしてはならないのだと胸の奥底にしまい込んでいた。
「あれ、もう干し肉いらないの? 食べちゃうよ?」
そう言って、残った肉に手を伸ばそうとするがバシっと手を払いのけられた。
「まだ食べてる途中ですよ!」
「あ、そう? ご飯はゆっくり食べるタイプ?」
「ゆっくりというか、ちょっと考え事をしていただけです」
「まだ若いというのに大変だね……ちなみに、いくつ?」
「女性に歳を聞くのはマナー違反だと知りませんか?」
「それは大人の女性に対する配慮だ。俺の見立てでは20も行っていないだろう」
「ぐぬぬ……16歳です」
「16かぁ……。てっきり18ぐらいかなと思っていた」
「2歳違うだけじゃないですか」
「たかが2歳、されど2歳だ。この違いが後々響いてくるんだよ」
ワイトはぽっかりと空いた眼窩でどこか遠くを見ている。
それをよそにリリーも質問を投げかけた。
「あなたはいくつなんですか?」
「ところで、どうして男に年齢を尋ねる分はマナー違反にならないんだろうね」
リリーは即答した。
「知りませんよ、そんなの。質問に答えてください」
「えー、どうしよっかなぁ。答えよっかなぁ」
ワイトは身体を左右に揺らしながら回答を渋っていると「今度は壁をぶち抜きますよ」と目の前の赤髪の少女から抑揚のない声が聞こえた。
冗談だとは思っていたが昨日の一件もあるため素直に答えた。
「すまん、前にも言ったと思うけど記憶が曖昧で自身のことはあまり分からないんだ。まあ、30は行っていないと思う」
「ホントですかー?」
リリーは眉を顰めながら懐疑的な視線を送る。