12話
「はい、これでチャラね。二度とやめてね、あんなの。俺だって生きてるんだから。いや、死んでるな(笑)」
「……あなたは何者?」
「そりゃあ、呪いによって姿を変えられてしまった正義の味方だよ」
「もう! ふざけないで、本当のことを話してください!」
「本当だよー? というかですね、自分の名前も名乗らないで人にあれやこれやと要求するのは良くないと思いまーす!」
ワイトは白い手を挙げながら言った。
「あぁー……それは正論ですね。まあ、あなたは人間ではないと思いますが名乗りましょう。わたしはリリー・スカーレットという者です。冒険者ギルドに属していて階級はプラチナです」
「すっげぇ、簡潔。さてはこれは脈がないなぁ」
「あるわけないでしょ!」
「ちなみにこれさ、『アンデッドだから脈がない』というのと『異性からの好意という意味での脈がない』を掛けた渾身のギャグなんだけど気付いた?」
「知りませんよ! そんなの!」
カッカッカと骸骨が笑う。
「ところでさ、その名前って本名?」
「……いえ、私の師が付けてくれた名です」
「じゃあ、本名は?」
「絶対に教えませんし、教えたくありません」
「フゥー、辛辣ゥ~。俺、何か悪いことしたかな?」
「今のところ、悪いことしかしていませんよ」
「▼ここは 嘆きの森 だよ。 と心優しく教えたのはノーカウント?」
「そ、それは……うーん……」
「ま、事情は色々あるだろうから深い詮索はしないよ。それよりも名乗ってくれたんだから名乗らないとな、俺の名はワイト――――」
ワイトは意気揚々と自身の名前を口にしたが、その3文字を聞くなり、リリーの突込みが入った。
「それ、本名じゃないですよね」
「よくお気付きで」
「自分の名前をどうたらこうたら講釈垂れといて自分は名乗らないのですね。へー。ふーん。そー」
「いやいや、仕方ないじゃん。だって、記憶が無いんだもん。ぼんやりとはあるんだけど、名前は完全に飛んじまってるんだわ」
「へー」
「本当だって! 考えてもみてご覧なさいよ、あなた。名前を渋って何かメリットある? あるわけないよなぁ。だって、ただでさえこんな胡散臭い骨野郎が自分の名前すらも正直に言わないなんてもう、そんなものはね。悪徳骨野郎なんですよ」
「ふっ……そ、もそも、普通のアンデッドは悪徳も何もこんな風に会話は成立しないんですけどね」
悪徳骨野郎というフレーズに思わず吹き出しそうになるもなんとかリリーは耐えた。
「あ、それってもしかして、遠回しに特別扱いしてくれてる? つまり、好――――」
途端、ワイトの身体が浮き上がり天井に突き刺さった。
リリーがワイトのアゴ先を蹴り上げたためだ。
笑いこそ堪えることは出来たが、あまりの軽口具合に我慢ならなくなり、相手がアンデッドみたいな何かということ重なってつい手が出てしまった。
これにはさすがにワイトも反省したのか。
「すまん、今のは俺が悪かった」
「謝られたから許します」
よいしょっと言って、天井から顔を引き抜くと床に着地する。
「ま、冗談はこれぐらいにして」
そう言って、骨だけの手を差し出した。
リリーは躊躇った。
目の前にいるのは紛れもなくアンデッドであり、滅ぼすべき存在。
握手を交わすのはどう考えても間違っている。
だけど、この骸骨は何かが違う。
正義の味方という点は胡散臭いことこの上ないが、呪いによって姿を変えられたという話はあながち嘘でもないかもしれない。
そう思って、リリーは握り返そうとする。
だが、ワイトは手をひょいっと引っ込めた。
「いやぁ、こういう遊びを昔、やって――――」
その次の光景は難くない。
玄関扉ごと吹っ飛ばされるワイトの姿であり、およそ5m先の木に激突した。
すると、木が根元から折れ小屋を直撃する形になったが屋根がちょっと凹むぐらいで済んだのは不幸中の幸いだろう。
〇
小鳥が囀る音が聞こえ、ところどころから木漏れ日が差し込んでいる。
道中は鬱蒼と草木が生い茂っていたが、小屋の周辺はいくらか日差しが入るようだ。
「なんて清々しい朝なのでしょう……」
そんな気持ちの良い朝を迎え、外で大きく伸びをしているのはリリーだ。
その脇で鎧に身を包んだワイトが我が家をどこか遠い目で見つめている。
「なんということでしょう……閉鎖的な雰囲気を生む玄関扉はどこぞの暴力シスターのおかげでぶち壊され、我が麗しのマイハウスに原木が丸々一本、添えられましたとさ……」
「あれは100%あなたのせいですからね」
「せめて、8割負担ぐらいにしてくれないかな」
「いいえ、あなたが――――」
続けて言おうとしたリリーのお腹がグウ~と鳴った。
瞬間、顔に熱さが込み上げてくる。
気付いてみれば、昨日から何も食べてはいない。
お腹が減っていてもおかしくはなかった。
「ふ~ん。お腹減ってるんだぁ?」
ワイトはしめたと言わんばかりに顎を擦りながら、真っ赤な顔のまま視線を逸らしているリリーを愉しそうに眺めている。
「そういえば、美味しい美味しい干し肉を収納棚にしまっていたような……。自分の非を認めてくれれば、少し分け与えてやらんこともないんだけどなぁ……。ほんのちょっと認めるだけで良いんだけどなぁ」
一向に目線を合わせようとしないリリーに視線を合わせようと奮闘した結果、ついに観念したのか。
リリーが悔しさを顔中に滲ませて言った。
「くっ……。全く腑に落ちませんが、1%だけ非を認めてあげます」
「マジでほんのちょっとなんだが」