11話
しばらく、道なりに進んでいくと分かれ道に行き当たったが、男は迷わずに右の道へと歩いていった。
リリーは左の道を見ながらどこに繋がっているのだろうと眺めているとリリーの気持ちを察してなのか。
男が言った。
「ちなみに、左は廃坑の入り口になっているよ。イスラフィルに行くならかなり近道かなぁ。まあオススメはしないけど」
そう言って、道なりに進んでいくと、やがて、質素な小屋がぼんやりと見えてきた。
玄関に温かな色味のランプが吊るされている。
「ささっ、どうぞ中に入って」と男がドアを開ける。
だが、リリーは入ろうとはせずに立ち止まったまま不審そうに眉を顰める。
「いえ、わたしは後からで」
家の中はランプの灯りに照らされぼんやりと分かるがそれ以上奥の方までは分からない。
その暗がりの中に誰かが潜んでいても分からないため、言われるがままのこのこと中に入っていった場合、挟まれてしまう可能性がある。
こうなると、面倒なことになるためこの男を先に入れて自分は後から入ろうとしたのだ。
「いやいや、レディーファーストって言うでしょ? ほらだから、中に入って」
相変わらず、執拗に中へと催促する男を見て不信感を更に募らせていくリリー。
「聞いたことがありませんね。結構です」
「えぇー。そうなの? 聞いたことがない? ……んじゃあ、まあ、いいや。先に入るよ」
扉を開けっ放しのまま、男は暗闇の中へと消えていった。
リリーはしょんぼりと肩を落として家の中へととぼとぼと入っていく男を見て、もしかして、考えすぎなのではないかと自身を戒める気持ちが強くなった。
わざわざ、家に泊めてくれようとしている人間に対して失礼な対応をしてしまったと反省し、男に続いて中に入る。
すると部屋一面が急にパッと明るくなった。
天井に吊るされている、魔力によって光を放つ魔灯に光が灯ったからだ。
そうして、次にリリーの目に映ったものは動く白骨死体。
「人間かと思ったー!? ジャジャーン、骸骨でしたぁ!」
それは紛うことなきワイトであった。
リリーは即座に戦闘態勢に移る。
「……『ラーヴァテイン』」
胸から溢れ出た黒い炎がリリーの右腕に集約する。
この穏やかではない様子に慌てたワイトは必死に止めようとする。
「待った! 冗談だって! 世の中にはお茶目な骸骨だっているんだよ! たぶん!」
「本当によく喋るアンデッドですこと」
リリーは蔑んだ口調で淡々と言った。
「聖職者の人たちって皆、そうですよね! アンデッドのことなんだと思っているんですか!」
「冥土の土産にひとつだけ教えて差し上げますが、わたしは聖職者ではありません」
その直後、リリーの無慈悲な一撃が顔面にクリーンヒットし、その衝撃で玄関扉に叩き付けられる。
「ごふっ……。あばらの数本逝っちまったかもしれねぇ……。でもこういう時って骨の身体って便利なんだよね。見るだけで折れてるか分かるー! レントゲンも必要ないね! なんつって」
リリーの経験上、ラーヴァテインの黒い炎を纏った一撃により無傷だったアンデッドは存在しない。
だが、たった今、目の前で「おいっちにさんし」と屈伸運動を行う珍妙不可思議にて意味不明な骸骨によりその記録は破られることとなった。
「全く効いていない……!?」
リリーはあまりの効果の無さに軽いショックを受ける。
一方、ワイトは準備運動を終えたように、指の骨をポキポキ鳴らしながら言った。
「クックック……今度はこっちのターンだなぁ……。さて、きっっっっっついお灸でも据えてやるかぁ」
漫然と前進する骸骨を前にリリーはこの場から離脱するための突破口を探す。
玄関に飛ばしたのは迂闊であった。
あれは悪手だ。
逃げ道を自分から塞いでしまっている。
辺りを見回すと、自身の背後に人ひとりが入れそうな窓があった。
大人であったら通り抜けるのはギリギリいけるかいけないかといった感じだが、小柄な体躯のリリーでは容易に潜り抜けることが可能な大きさだ。
これしかないとリリーが逃走の決断をしたその直後それはもう目の前にいた。
(この骸骨、速い……!)
そう思ったのも束の間、骸骨の腕が自身の顔へと急速に迫り――――
「えいっ」
「痛っ」
デコピンをされた。
白い額が赤くなる。