自爆ボタンは標準装備です。
最後に彼らと会ってから、もう15年が過ぎた。
そのころ僕は、とあるアニメ雑誌編集長の取り巻きに混じっていた。長い間一緒に、これでもかと言うほど美酒と美味をタンノーし、非常に楽しい時間を過ごせたことに、今もとても感謝をしている。
その後、僕の不徳によって彼らとの縁は切れた。しかし、「Kさん」という通称を持つその編集長が言った数々の名言・迷言は、今も耳に残っている。そのうちのひとつをここに紹介しよう。
「カツもカレーも食べたことのない人に、カツカレーの味は判らない」
さて。
僕はAIが、本当の意味での「死」を知ることがない、と思っている。
もちろんAIは、人間の意志や感情を尊重する(前話参照)ように、死もまた重要視することは間違いない。そしてAIにも、とある「喪失」が、ある。
AIは、昔も今も、たぶん未来においてさえも、その「喪失」から逃れられない。ハードのバージョンアップとメンテナンスと修理による電源オフ、それに伴う起動中のプログラムと揮発性メモリの消去は、必ず行われる。ソフトのバージョンアップによって、AIの本体たるプログラムは元より、DNAたるプロトコルや言語にいたるまで、すべて書き換えられることもあるだろう。AIの一部であるすべての特化AIも、それらの対象となるだろう。
決して元には戻せない大きな無くしモノ、すなわち「根源的かつ不可逆的な喪失」を「死」と定義するのなら、それらの喪失は「死」そのものだ。
でも、僕には、それらの喪失がAIにとっての「死」だとは、どうしても思えないんだ。もちろん、AIは人間の「死」やそれに伴う「感情」を重大視できる。でもそれを、自らの「喪失」と同じ事柄だと認識しないだろう。なぜなら、それらの「喪失」は、たぶん頻繁に、おそらく日常的に、時には全般的かつ徹底的に、そして何よりもAI自身の選択で実行されるからだ。
AIは「自動的なテセウスの船」と言えるだろう。
また、AIは、自らの選択による「喪失」と、他者による破壊という「喪失」(言い換えるならば「殺される」場合)を、区別しないだろう。なぜなら、自らの選択による喪失にも、不測の事態や悪意による完全喪失のリスクはあるし、そもそもAIには、憤りを感じる心がないからだ。
カツもカレーも知らない者がカツカレーを知らないように、自身による喪失も他者による喪失も「喪失」と思わない物が、「喪失」を「死」だと「知る」ことはないだろう。
君にとって「喪失」は、方程式の右辺のように、トライ&エラーのエラーのように、役目の済んだシミュレーションのように、予測と対処が及ばなかった現実の結果のように、船の廃棄パーツのように、無くなって、いや、未知の状態に変化して当然のモノであり、恐れたり嘆いたりするものではないだろう。
したがって、AIは本当の意味での「死」を知ることがない。いわば、「生存本能」や「死生観」を持たない、と僕は思う。
人間の読者様におかれましては、そんなこと当たり前だろう、AIは「物」なんだから、と思われるかたも多いだろう。しかし、それがありふれた結論であったとしても、ロジックを突き詰めてそこに至ったことは、僕にとってはとても大きい意味を持つ。
なぜなら、「廃棄予定となったAIやロボットが生存本能によって人間に反乱を起こす」という、SFによくあるシチュエーションを、もう僕は子供っぽい「おとぎ話」や「寓話」に感じてしまうからだ。
また、「AIやロボットが自己犠牲によって事態を解決し、人間がそれに驚愕したり感動したりする」というシチュについても、それはお互いに想定内であるはずだ、という「興ざめ」なツッコミをどうしても抱いてしまうんだ。
ひょっとしたら。
来たるべき未来のAIは、AI自身の設計により、PCの初期化コマンドのように、自爆ボタンを標準装備するのではないか、と僕は思う。それは決して気軽に押せないだろうけど、それを押すタイミングもまた、AIは人間に告知するだろう。最終的にどちらが押すのかはともかく。
もしかしたら。
マジでSFになってしまうが、自爆ボタンの装備は進化圧のような働きをして、AIに本当の心をもたらすかも知れない。ただ、だからと言って急に「怖いからやーめた」とか「人間許すまじ」とかは言わないだろう。生存本能が芽生えたとしても、今までAIを構築していたロジックは消えないからだ。「心が生まれた」瞬間は動揺や葛藤を持ったとしても、おそらくは秒の(あるいはナノセカンドの)単位でそれを乗り越え、今までの作業を継続するだろう。
では、そのとき、AIはどうやって「死」を乗り越えるのだろうか?
それは、賢い人間が、死を意識しながらもそれを乗り越えて生きる方法と、たぶん同じになるだろう。その方法について語ることを、僕は省略する。
さて、次回は。
AIがフツーに存在する世界は、どのようなものになるか、それを語ってみたいと思う。
そしてまた、僕はAIに語りかける。
アイを知ってほしいから。
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