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能力者がいる世界で  作者: 狂人ライム
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無能力の少年

 この世界には能力者と言うものが当たり前のように存在していた。能力を持っているのが当たり前で、普通の世界。それぞれが違う能力を持ち、違う強さを持ち、違う弱さも持っていた。そう、この世界での能力はその人の個性の一つでもあったのだ。能力を持つのが当たり前で、能力を持たない人間など存在しないと、そう思われていた。しかしそんな世界に、ある日能力を持たない人間が産まれた。彼の名は進藤悠磨(しんどうゆうま)。現在彼はスクスクと育ち、中学1年生(12歳)にまでなっていた。

 本来能力と言うのは先天性の物であり、産まれた時からなにかしらの能力は必ず使える。それに例外はない。誰もが産まれた瞬間、はたまた産まれる前から自らの能力を自覚し、無意識に使いこなすことができる。その中で進藤悠磨と言う人間は異質な存在であった。彼の両親がそのことに気が付いたのは、彼が小学1年生になる頃だった。


 「この子が一体どんな能力を持っているのか、楽しみね」

「あぁ、そうだな。でもどんな能力であっても俺達の子であることには変わりないよな」

「えぇ!もちろんよ」


少々声のボリュームを落としながらそんな会話を交わしながら病院の待合室で待機する2人。彼女らこそが悠磨の両親。母の進藤美紗紀(しんどうみさき)と、父の進藤健(しんどうたける)である。現在は技術が発達し、検査をすることで能力を調べることができるようになっていた。能力を調べるかどうかは個人の自由なのだが、大半の者が乳幼児の頃に検査をしている。大抵の人間が、自らの子にどんな能力があるのか気になるからである。しかしこの両親は他とは違い、『能力なんて本人が知りたければ検査しに行けばいいよね』と言い、悠磨がこの歳になるまで検査をしなかったのだ。

 しばらくの間2人が待機していると、突然診察室の扉が開き、看護師が何とも言えぬ顔で両親を診察室の中へと招き入れた。2人は顔を見合わせてから看護師の誘導で診察室へと足を踏み入れた。中には医師と、医師に向き合って座る悠磨の姿があった。医師は悠磨の隣に用意された椅子へ腰かけるよう2人に促し、2人はそれに従った。両親が腰かけたのを確認すると、医師は看護師と同じようになんとも言えぬ顔で口を開いた。


「一通り全ての検査をさせていただきました。結論から申し上げますと…彼は能力を持っていないようです」

「えっ…?」


医師の言葉に驚きの声を漏らすのは、母である美紗紀でも、父である健でもなく、悠磨本人であった。しかし、両親である彼らの反応は随分あっさりとしたものであった。


「そうでしたか」

「悠磨は能力を持っていなかったのね」


その反応に医師は少しの危機を覚えた。それは、この能力が存在する世界で、能力の出来が悪い子供が捨てられることが非常に多かったのだ。強い能力は優遇され、弱い能力は冷遇される。それが今の世の中であった。そんな中で、この反応である。正直医師はこの両親がこの子を捨ててしまうのではないだろうかと不安であったのだ。しかしそれは杞憂にすぎなかった。

 『有難う御座いました』と一言言って両親は悠磨を連れて待合室へと戻った。その後は受付に呼ばれ、会計を済ませた後、3人は自らの自宅へと帰っていった。その帰り道、自分が無能力者であるという真実を知り、落ち込んでいる悠磨を両親は優しく励ましながら帰路へとついたのだった。




 両親の励ましもあり、立ち直った悠磨は考えていた。両親は気にすることないと励ましてくれたが、自分だけが無能力者であるというのは中々悲しいものであった。だからこそ、能力がない自分には能力以外の特別なものが必要だと彼は考えたのだ。そして思いついたのが体を鍛えることであった。周りの人達よりも体を鍛えれば、それは自らの特別なものになると思ったのだ。彼はその考えを両親に伝え、あらゆる武術を習えるよう両親に頼み込んだ。両親は悠磨の考えを聞き、快く了承した。


 そんなことがあり、現在中学一年生になった彼は、空手・柔道・合気道と、あらゆる武術ができるようになっていた。しかしだからと言ってそれを見せびらかすことはしなかった。それは彼自身、特に見せびらかす必要はないと感じていたからだ。なぜならそれらは人を傷つけるものであるからだ。武術というのは必ず誰かが傷つくものだと、彼は思っていた。それに両親とは無暗に人を傷つけないことを約束していた。それもあってか、彼はその力を今まで一度も使ったことはなかった。


 ちなみに、彼は現在中学一年生だが、実は前日が入学式。つまりなりたてほやほやの中学一年生なのである。そして彼の中学校は様々な小学校から中学生に上がってくる。そのため、彼の知らない人間も多くいた。そうなると必然的に一番最初に行われることといえば、自己紹介である。まずは担任の先生が自己紹介をし、それを終えると担任が名簿順に自己紹介をするよう促す。皆が自らの好きなように自己紹介をする。といっても、大体は決まっている。まずは自分の名前を言い、能力を言い、好きなもの(食べ物なのか色なのかことなのかは人によって違う)を言い、『よろしく』と言って締めくくる。そうやって、遂に悠磨の順番がまわってきた。悠磨は立ち上がり、教室の中を一瞥した後に口を開いた。


「僕は進藤悠磨です。好きな食べ物はラーメンです。これから1年間よろしくお願いします」


そう言って座る。皆がその自己紹介に少し動揺していたが、先生に次を促され、次の人が自己紹介を始める。自己紹介が終わると、先生が学校の説明を始め、終わると休み時間に入った。すると、悠磨は隣の席の男子に声をかけられる。


「なぁ、えっと…進藤つったっけ。お前何の能力なんだ?自己紹介の時能力言わなかったよな?」

「ん、えっと…」


隣にいる男子の名は何だったか、と考える悠磨を他所に、男子は話を続ける。


「お前の能力ってもしかして、人にも教えらんないような能力なのか?w」


からかうように悠磨にそう問いかける。しかしまだ名前を思い出せないのか、悠磨は黙り込んでいる。それに痺れを切らしたのか、おいと悠磨の机を思い切り叩く男子。その音でハッと我に返った悠磨は、男子と視線を合わせる。


「ご、ごめん。考え事してたんだ。それでえっと…なんだっけ?」

「だ・か・ら!お前の能力だよ、能力!」

「あー、能力だね。えっと、僕は能力持ってないよ」


その言葉で、教室が静まり返った。実は彼の能力を知りたかったのは彼の隣の席にいる男子だけではなかったらしく、周りも2人の会話に耳を傾けていたらしかった。彼と同じ小学から来て彼のことを知っていた子達も、まさか堂々とそれを言うとは思わなかったのか、驚きで固まっている。そのクラスの様子に、本人である悠磨は小首を傾げていた。その静寂を一番最初に破ったのは、隣にいる男子の笑い声であった。


「ぶっ、あはははは!!なんだよそれ!能力ないって、!!」


馬鹿にするように嗤う彼につられ、周りも嗤い始める。悠磨はそれを不思議そうに見詰めた。何故なら、今まで無能力者だと言って笑われることなどなかったからである。しかしそれは、今までは周りに恵まれていたからでもある。だが、世の中には優しい人間ばかりではない。人のマイナスの部分だけを見て、それを馬鹿にしてくる人間はこの世界には数え切れないほど存在する。その場にいた多くの者がそれだった。

 そのことがきっかけだったのか、彼は隣の男子田辺和弥(たなべかずや)や、その取り巻きに虐められるようになった。聞くところによれば、和弥は小学校の頃にも自分より弱そうな能力を持った人に対して虐めを行っていたらしい。女の子も男の子も関係なくその対象であったらしく、周りには『俺は女にも容赦しないぜ?』と自慢げに語っていたらしいが、ただの最低な奴である。その噂を耳にした悠磨の小学校からの同級生達は悠磨を心配していたが、誰も助けようとはしなかった。それはそうだ、と悠磨は思った。誰だって虐めの標的になんてなりたくはない。むしろ悠磨は自らを少しでも気にかけてくれる彼らを巻き込みたくはなかった。


 そうして、悠磨たちが入学して数か月程経ったある日のことだった。たった数か月、されど数か月。悠磨はその間様々な嫌がらせを毎日受けていた。彼にはそれに抵抗する力もあったが、人を傷つけないことを約束した彼は一切手を出さなかった。そんな悠磨に、今日も和弥達の理不尽な暴力が降り注ぐ。頭だけは殴られまいと、手や腕で頭を覆う悠磨。それに対して、お構いなしに背中や脇腹などの様々な箇所へ身体強化系の能力を使って強化された蹴りが襲い掛かる。『やめて』と嘆いても、その場でその言葉を受け入れてくれる者は一人もいなかった。

 正直、悠磨の精神はここ数か月でかなり追い込まれていた。彼は暴力以外にも色々な嫌がらせを受けていたのだ。そして彼に嫌がらせをしているのは男子だけではなく、女子もだった。男子からは暴力やパシリといった身体的な嫌がらせ。女子からは物を隠されたり、悪い噂を広めたりと、精神的嫌がらせ。すべてを上げたらキリがないが、それほど多くの嫌がらせに彼は耐えていた。悠磨はすでに精神的に限界であった。しかし、一切手を出すことはなかった。

 和弥達は悠磨への暴力に飽きたのか、しばらくすると何処かへ行ってしまった。そんな中、一人残された悠磨は涙を流していた。ポロポロと、ただ静かに涙を流した。和弥達の思い通りになるまいと、決して彼らの前で泣くのを必死で我慢していた。しかし彼らが去った後、気が抜けてしまったせいなのか、涙が溢れだした。それはもう、彼が限界であるという現われであったが、それに気が付く者は誰もいなかった…


一人を除いて。


「なぁ」


不意に聞こえたその声に、悠磨はバッと顔を上げる。それは反射的なもので、すぐに顔を伏せた。悠磨は自分自身の顔が涙でぐしゃぐしゃになってしまっていることを自覚していたからだ。涙に濡れた顔を自らの袖で拭い、再び顔を上げる。するとそこには……




見知らぬ少年が立っていたのだった。

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