8.盗賊の少女
平手打ちされたナルサスは目をぱちくりさせ少女を見る。
短めのぼさぼさの髪に幼いが整った顔、磨けば光る素材の片鱗が窺えた。
「すまない、女の子だったんだな」
「女の子とか言うな!」
少女はさらにナルサスの頬を張る。
理不尽な張り手にナルサスが「どうすりゃいいんだよ……」と頭を抱えた。
少女を怒らせるナルサスを見かねてリリスが口を出す。
「お兄ちゃん、そういうとこだよ。どう見ても女の子じゃない。タキオンさんもそう思うでしょ?」
「そ……そうだな」
歯切れ悪く返事をすると、ナルサスがジト目で見てくるのでタキオンは気まずくなり目を逸らす。
タキオンも少年だと思っていたのだ。
「タキオンって……オレに財布盗られた兄ちゃん、あんたピドナ公爵家のタキオンかい?」
「昨日追放されたから元だがな。俺の事を知ってるのか?」
「オレ達盗賊稼業じゃあ情報は命だからな。何より第一王女の婚約者として有名だ。公爵家を追放されたのは初耳だがな」
タキオンは自分が思うよりこの国で有名である。
なぜならハイドランジア王国の王女姉妹、美姫と名高いファインとコロネは国民に絶大な人気があり、その王女姉妹の姉、ファインの婚約者となれば皆から羨望の眼差しで見られる存在だからだ。
「兄ちゃんに提案なんだが、とっておきの情報をやるからオレ達を見逃してくれねえか? ゴロツキ共はとっ捕まえていいからよ。オレ達はあいつらに命令されてやってただけなんだ」
「俺達も仕事だからな、それは情報次第になるがどんな情報だ?」
「話すのはオレ達の身の安全を約束してからだ。今言えるのは兄ちゃんの大事なお姫様がヤバイ状況だって事だけだな」
タキオン達三人は相談した結果、ゴロツキを黒幕として捕まえ、子供達は見逃す事にした。
Bランク冒険者として信用のあるナルサスとリリスが説明すれば大丈夫だろうと判断し、少女から話を聞くことにしたのだ。
「分かった、君達は見逃すから話を聞かせてくれ」
「そうこなくっちゃ! じゃあ簡単に説明するぜ。ファイン王女は今、城に軟禁されてるそうだぜ」
「何! どういう事だ!」
タキオンは血相を変えて少女の肩を掴んでがくがくと揺さぶる。
「兄ちゃん落ち着けよ! 軟禁されてるだけで王女は無事らしいから!」
「……すまない、続きを頼む」
少女の言葉で落ち着きを取り戻したタキオンが続きを促すと、少女は嘆息して話し出した。
「俺の掴んだ情報によると、理由は分かんねえけど妹のコロネ王女の仕業らしいぜ。あの姉妹、姉はともかく妹はなんか怖いんだよな。得体が知れないっていうかよ……」
少女の言葉にタキオンはコロネならやりかねないと納得する。
ファインの婚約者としてコロネには何度か会った事があるから、人となりは知っているのだ。
タキオンの記憶の中のコロネは、ファインの物を何でも欲しがる妹である。
得体の知れない気味の悪い人物だが、ファインを傷つけるような人ではないと思っていたのだが……。
(コロネは魅了なのか洗脳なのか特殊な能力を持っているらしいが、ファインは大丈夫なのか? 助けに行きたいが、城は警備が厳しい……どうすれば……)
「オレが城への抜け道を案内してやろうか? 助けに行きたいって顔に書いてあるぜ。勿論ただじゃあないがな」
「顔に書いてある……か。分かった、金はなんとかしよう。案内してくれ」
タキオンは覚悟を決めて城に潜入する事を決める。すると――、
「俺も行くぜ!」
「もちろんあたしも!」
「ダメだ、危険すぎる。捕まったらおそらく死刑だぞ!」
「だからだよ。親友を一人で死地に送れるかよ」
そこまで言われたらタキオンに断る事はできず、二人の気持ちを汲み一緒に潜入する事になった。
「人数が増えると見つかるリスクが上がるんだけどな。まあいいや、オレはルージュだ。よろしくな」
「はははっ! お前がルージュって柄かよ!」
ナルサスが軽口を叩くとルージュはつかつかと歩み寄り、思い切り向う脛を蹴りつけた。
「うぎぇっ!」と変な悲鳴を上げるナルサスをリリスは冷めた目で見つめ。
「お兄ちゃん、そういうとこだよ。名前や見た目を弄るなんてクズのやる事だからね。気を付けなよ」
「はい……すみませんルージュさん」
「ちゃんと謝ったから許す! それと……三人とも、助けてくれてありがとう、助かったよ」
ルージュはナルサスを許す宣言をするとお礼を述べる。
ゴロツキから救出した事のお礼だと察した三人は嬉しそうに顔をほころばせるのだった。