12.ペットのシロちゃん
「ルンルンルン! お姉様に近づく悪い虫はお仕置きですわ! シロちゃんの食事にしちゃいましょ! ああ、素敵なお姉様! 私が守って差し上げますわ!」
コロネは即興で作詞作曲した怪しい歌を口ずさみ、うきうきと歩いていた。
細い体のどこにそんな力があるのか、タキオンの髪を掴んでズルズルと城内を引きずり回す。
「止めろ、どこへ行くつもりだ」
「あらあらタキオン様、喋る元気があるのですね。薬が弱かったのかしらぁ。どこへ行くかは着いてからのお楽しみですよ」
質問に答える気のないコロネはそれだけ言うと歩くスピードを速めた。
強く引っ張られたせいで髪がブチブチと抜けるが、コロネはお構いなしに大股で歩き続け、地下室に入るとタキオンを放り投げる。
「ぐあっ」
ゴロゴロ転がり壁に激突したタキオンは衝撃で呻き声を上げる。
それをコロネは嘲笑しながら見やり、用意してあった簡素な椅子に腰かけた。
(くそっ、コロネの奴、あの細腕のどこにそんなパワーがあるんだよ。これが強い魔力を持つと言われる赤目の力なのか?)
見た目に反してありえない力を見せるコロネにタキオンは驚愕するが、心当たりがあった。
ハイドランジア王国の王女姉妹が持つ赤目である。
普通の人間に比べ遥かに強い魔力を持つとされる赤い瞳。
滅多に生まれる事のない赤目だが、偶然なのか運命なのか、ファインとコロネは姉妹で同じ赤目を持って生まれた。
その為、王女姉妹は幼い頃から魔力を活かす英才教育を受けてきた。
ファインは力を使いこなせていないが、コロネは魅了と身体能力強化を得意とする一流の魔法戦闘師である。
コロネの身体能力強化をもってすれば、タキオンを引きずり回して放り投げることなど容易い事であった。
「こんな所に連れてきて何をするつもりだ? 逢引きにはまだ早いんじゃないか?」
「この期に及んでまだそんな減らず口が出るのですね。……罰ですわ。罰が必要なのですわ! お姉様に近づく悪い虫には、罰を与えなければいけないのですわ!」
狂気を宿した顔でコロネは宣言する。
お姉様に近づく悪い虫には罰を与えるのだと。
(イカれてやがるこの女! このままじゃ殺される!)
コロネの尋常でない雰囲気にタキオンは恐怖し、死を予感する。
「さて、タキオン様。どんな死に方がお望みですか? 刺殺惨殺圧殺殴殺絞殺焼殺毒殺爆殺瞬殺、あっ、瞬殺はダメですね。できるだけ苦しんで死んでいただかなくては。で、決まりましたか?」
「できるだけ痛くないやつで頼むよ」
「ぶっぶー! 嘘ですよ。殺し方はもう決めてあります。選ばせてなんてあげませえんわ」
からかうのを楽しんでいるかのように、コロネは軽口を叩く。
その態度に本当に殺すつもりがあるのかタキオンは疑わしく思うが、その希望はすぐに打ち砕かれた。
「カモン! シロちゃん出ておいで!」
コロネが叫びながら床に設置された大きな扉を開けると巨体の魔獣が現れた。
それは白い巨体に大きな口、鋭い牙、腹が地面に付く程に短い手足の四足歩行の魔獣だった。
「白い…悪魔……なんで」
自分達を皆殺しにした白い悪魔の出現に、タキオンは前回のループでの恐怖と怒りを思い出す。
「あら、博識ですねタキオン様。この子、世間では白い悪魔などと呼ばれていますが、その正体は私のペットのシロちゃんですわ! 私が手懐けて抜け道の警備をしてもらっているのです」
「俺はこいつに会った事がある。……仲間の敵だ」
「それは残念です。この子には下水道から城に近づく者を排除するよう命令していますから、きっと城に近づきすぎたのでしょう」
残念そうにコロネは感想を述べる。
コロネと言う少女は目的の為には手段を選ばないが、決して快楽殺人者などではないのだ。
愛する人の妹が快楽殺人者でない事を理解したタキオンは胸を撫で下ろす。
「でも、貴方は私の意志で殺します。タキオン様もお姉様も今年で十七歳、もうじき婚姻を結ぶでしょう。今まで何とか我慢してきましたが、もう限界です! お姉様と婚姻するなど神が許してもこの私が許しませんわ!」
そう語るコロネの眼は憎しみの炎がギラギラと燃え盛っていた。
その眼を見たタキオンは、もう助かる道はない事を悟り死を覚悟する。
「分かった……コロネ、終わりにしてくれ」
「言われなくとも終わりにしてやりますわ! シロちゃん! 食べてしまいなさい!」
コロネが命じると白い悪魔はタキオンにゆっくりと歩み寄る。
ゆっくりと近づいてくる死神にタキオンは恐怖する。
いくら死に戻りできるとは言え痛みは感じるのだ。
「シロちゃん待て! 待てですよ! いいですかシロちゃん、足からよく噛んで食べてやるのですよ」
どういう訳か、白い悪魔はコロネの指示に忠実に従っている。
おそらくコロネの能力なのだろうとタキオンは予想した。
次のループで活かせるように観察するのだ。
「シロちゃんゴー! 足からいっちゃってくださいまし!」
足から徐々に食べられ、意識を失いそうになりながらタキオンは思う。
麻痺毒のおかげで痛みを感じなくて良かったと。




