1.貴族追放
「タキオン! お前を我がピドナ公爵家から追放する。今すぐ出て行け!」
父親であるピドナ公爵の告げる声をタキオンは呆然と聞いていた。
それは普段タキオンをいないものとして扱う父親の執務室に呼び出された時の事である。
部屋に入るとピドナ公爵と弟のオニオン、さらに警備兵が三人待ち構えていた。
オニオンのほくそ笑むような表情を見たタキオンは嫌な予感を感じたが、それは正しかった訳だ。
なぜ父親であるピドナ公爵がタキオンを冷遇するかと言うと、弟のオニオンとは母親が違うからである。
タキオンは妾の子でオニオンは正妻の子。
昔からタキオンに冷たく当たっていたピドナ公爵だが、母親が亡くなってからは扱いがより酷くなって行った。
そんな父親を見て育った弟のオニオンが兄に辛く当たるのも当然の流れなのかもしれない。
オニオンは見た目だけは金髪碧眼の見目麗しい男だが、公爵家の権力を使って悪さを繰り返す外道である。
だが、オニオンが悪さをしてもタキオンがやったと言えば全てタキオンがやった事になるほどにピドナ公爵に溺愛されていた。
そんな二人が揃っているところに呼び出されたタキオンの嫌な予感は当たり、追放を言い渡されたのである。
「婚約者のファイン殿下にはお前ではなくオニオンと婚約してもらう」
「父上、それはファイン殿下からの申し出なのですか?」
「……そうだ。殿下とお前では釣り合わない。殿下にはオニオンこそが相応しい。お前とは婚約破棄だ!」
ピドナ公爵は大きく息を吸い込んで大声で婚約破棄を告げた。
ファイン・ハイドランジアはこの国、ハイドランジア国の第一王女である。
艶のある薄紫の髪に白磁の肌、強い魔力を持つ者に現れる赤い瞳が宝石のように輝く美しい少女だ。
公爵家で冷遇されるタキオンのことを気にかけてくれる優しい心の持ち主でもある。
「嘘だ! ファイン殿下が自分から言い出すはずがない!」
「うるさい! 警備兵! こいつを叩き出せ!」
ピドナ公爵は躊躇いもなく実の息子を叩き出せと警備兵に命じた。
タキオンは優しいファイン殿下から婚約破棄をしてくるのはおかしい、二人が自分から殿下を奪うつもりだと気付いたが、どうする事もできずに警備兵に屋敷から叩き出されてしまった。
着の身着のまま公爵家を追放されたタキオンは、今まで自分を虐げてきた公爵家から解放される安堵を感じるが、婚約者だったファイン殿下の身を案じていた。
なぜなら王侯貴族の中で唯一タキオンを認め、気に入ってくれたのがファイン殿下だからだ。
「タキオン様、お待ちください!」
屋敷を出て行くタキオンを一人の少女が追って行く。
「アイリス、どうしたんだ?」
「何も持たずに放り出されるなんて酷すぎます! せめてこれを持って行ってください。私達使用人からの贈り物です」
公爵家に使える使用人のアイリスが息を切らせながら追ってきて贈り物を渡してきた。
剣と食料である。
公爵家では使用人に辛く当たる人間ばかりだったので、使用人にも優しいタキオンは好かれていたのだ。
「ありがとうアイリス、助かるよ」
「私達使用人はタキオン様の味方ですから、困った事があったら連絡してください。では、お気をつけて」
アイリスは頭を下げると走り去って行く。
目に涙を溜めて走り去るアイリスに、タキオンは感謝を込めて礼をした。
(これからどうするか……ファイン殿下にはもう会わせてもらえないだろうし、ナルサスのところに行ってみるか)
タキオンは友人であるナルサス・クローバーを頼る事にした。
ナルサスは妹のリリスと二人で冒険者をやっている友人である。
公爵家で冷遇されていたタキオンは社交界に出る機会も少なかった為、王侯貴族よりも平民の友人が多い。
クローバー兄妹は売出し中の冒険者なので自分もパーティーに加えてもらえないかと考え、ナルサスの家に向かうことにした。
「ナルサスいるか! タキオンだ!」
クローバー兄妹の住む長屋にやってきたタキオンはドアをノックして声を張る。
「よう、タキオン。どうした?」
「タキオン様、いらっしゃい」
家主であるクローバー兄妹は人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。
ナルサスとタキオンは同い年の十七歳、リリスは二つ下の十五歳、ブラウンの髪で中々の美男美女兄妹である。
「様付けは止めてくれよリリス。俺はもう貴族じゃないんだ」
「え……それってもしかして」
「家を追い出されたか?」
察しの良い兄妹は見事に言い当てた。
タキオンは二人にこれまでの経緯を話す。
「つまり俺達とパーティーを組んで冒険者になりたいってことか? もちろん良いぜ。大歓迎だ」
「うんうん、あたしも賛成! タキオンさんお兄ちゃんより強いしかっこいいもん」
二人は快くパーティーに加えてくれた。
タキオンは公爵家で冷遇されていたのでいつ追放されてもやっていけるように剣の腕を磨いていて、ナルサスともよく模擬戦をしていたので二人はタキオンの剣の実力を知っている。
中性的で綺麗な顔に、この国では珍しい黒く艶やかな髪はエキゾチックな雰囲気を醸し出していた。
「まあ、人生長く生きてりゃいろいろあるさ。今日はタキオンの加入祝いだ。リリス、秘蔵の酒があったろ? 開けてくれ、今夜は宴だ!」
「あたし達まだまだ若いでしょうに。オッケー、お祝いに開けちゃいましょう」
「二人ともありがとう……」
「何言ってんだよ。パーティーを組むってことは命を預ける家族になるってことだぜ。お前を信用してるからパーティーを組むんだ。組んだからには絶対に裏切らない。血より濃い関係を築いて行こうぜ」
ナルサスは家族に裏切られたタキオンに俺達が新しい家族だと語る。
家族になったからには絶対に裏切らないと、それはタキオンにとって何より嬉しいことだ。
こうしてパーティーを結成した三人は夜遅くまで宴を楽しむのだった。
深夜、タキオン達が寝静まった頃、ナルサスの家に音もなく侵入する者がいた。
侵入者の手には短めの片手剣が握られている。
そして、眠るナルサスに侵入者は剣を突き刺した。
「うぼぉ……」
ナルサスが上げる呻きにタキオンとリリスは目を覚ますが遅すぎた。
侵入者は近くにいたリリスを斬り捨てるとタキオンの腹に剣を突き刺す。
三人は何が起こったのか状況を把握することもできずに、侵入者によって殺されてしまうのだった。
目が覚めるとタキオンの前には父親であるピドナ公爵、弟のオニオン、警備兵が三人立っていた。
場所はピドナ公爵家の執務室、その主であるピドナ公爵はタキオンに言い放つ。
「タキオン! お前を我がピドナ公爵家から追放する。今すぐ出て行け!」
今朝、タキオンを追放した時と全く同じセリフに同じ状況だった。
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