弐話 稲荷神社への行商①
「すみませーん。行商屋でーす。御用はありませんか?」
穀霊神であり農耕神である宇迦之御魂神と元夜叉であり死の神である荼枳尼天を祀り、多くのキツネ族を従える常世にある稲荷神社を訪れ、御用が何かないかと尋ねると。
「行商屋さんいらっしゃい!少々お待ちください。ただいま赤穂さんを呼んできますね。」
と可愛らしい子狐が尻尾を振りながら呼びに行った。
余りにも可愛らしい子狐の様子に微笑みながら、待っていると。
「よぉ、今日は何を持ってきたんだ?」
赤穂が手を振りながらにこやかに歩いてきた。
「今日の荷物は稲荷ずしと天ぷらだ。あと、現世の神主さんから宇迦之御魂神様へのお手紙、閻魔大王から荼枳尼天様へのお手紙を預かっているぜ。」
「手紙の方はおめぇから直接渡してくれ。ところで稲荷ずしはいくつあるんだ?」
「今日の稲荷ずしは生姜が入ったのが50、紫蘇が入ったのが50、胡麻が入ったのが100持ってきた。おめぇさんがこのまえ全然食えねぇっていうから多めに持ってきてやったぜ。」
「こりゃありがてぇ。ちょっと待っててくれほかのやつらにもいるかどうか聞いてくるから。」
「待て待て、俺は手紙を届けないといけないんだがあんまり後回しにしてもいかんだろ。」
「いやいや、大丈夫。宇迦之御魂神様も荼枳尼天様も永い時を過ごしている方々だ。俺たちとは時間スケールがちがうのよ。だから、少しくらいは大丈夫なのさ。」
「なら、いいんだが。今日は何人務めているんだ?」
「今日は宇迦之御魂神様のところが40人、荼枳尼天様のところが10人来ているよ」
「そういや聞いていなかったが、お前はどこの管轄に入っているんだ?」
「俺は荼枳尼天様の所よ。まだ勤め始めて50年だから地位も低いからな。じゃあ、聞いてくるわ。」
とウキウキしながら走っていく赤穂を見送りながら、半刻ほど待っていると。
「待たせたな、全部もらっていくぜ。」
と息を切らせながら赤穂が戻ってきた。
「そんなに急がなくてもよかったのに。」
というと、赤穂は慌てた口調で
「いやいや、途中で宇迦之御魂神様とお会いしてな。急いで宇迦之御魂神様に手紙を渡してくれ。」
「やっぱり待たせちゃいけなかったのか、わかった。すぐに向かう。」
と行商屋が荷物を背負うと。
「あ、ちょっと待ってくれ。稲荷ずしは先に受け取るぞ。」
と赤穂が両手を出してきた。
(急ぐんじゃなかったのか....。)と思いつつ。稲荷ずしを赤穂に渡し、宇迦之御魂神様のお使い狐についていった。