壱話 この世と常世を行商します
「相変わらず、面白い世界だ。いつ来ても飽きやしねぇ。」
と黒い羽織に煙管を加えた如何にも「胡散臭い」という言葉が似あうような男が呟きながら歩くこの町並み。
一見、古い趣のある和風建築の家が並ぶ通りだが、あたりを歩いているのは人ではなく狐や猫がまるで人間のように着物を着ており、楽しそうにしゃべりながら歩いている。空を見上げれば龍が雲を身にまといながら飛んでいる。
男がいるこの奇々怪々な世界は常世。
人間をはじめとした生きている物が生活している現世でもなければ、死んだ者が生活しているあの世とも違う世界。
神や妖などのこの世の理から外れた者たちが生活する世界である。
「よぉ、行商屋。また、来たのかい?お前の一族ときたら向こうの世界の住人のはずなのにこっちの世界にいる方が長いんじゃないか?まったくどちらの世界の住人かわかりゃしないぜ。」
とふさふさの赤茶色の尻尾をぶら下げた狐が笑いながら言った。
「うるせぇよ。こちとら先祖代々、現世と常世を渡りながら気楽に商売する数少ない行商人だぜ。赤穂、おめぇこそ相変わらずお供えの油揚げでもつまんでいるんじゃないか?。」
と行商屋と呼ばれた男が笑いながら言い返す。
「油揚げだけじゃないぜ、俺の勤め先は稲荷神社だぜ。米もいっぱい備えられるんだぜ。」
と赤穂と呼ばれた狐が誇らしげに返す。
「結局はお稲荷さんじゃねぇか。お稲荷さんもお供えされるだろぅ?それは食べないのかい?」
「駄目駄目、ああいう手間のかかったお供え物は白毛のお偉いさんが食べるもんなのさ。俺のような下っ端には全然回ってこないんだよ。」
「ほー、キツネ族にも上下の関係があるんだなぁ。」
と感心気に言うと。
「お前、先代から教えられていないのかい?この常世では上下関係がとても強いんだぜ。下手したらどんな呪いをつけられるかわかったもんじゃないからな。」
と驚いた。
「わかってるよ。そのくらい、改めて感心しただけだよ。」
「ならいいけどよ。まぁ、あんまり下手なことするなよ。どんなことが起きるかわかりゃしないぜ。何しろお前の商売相手は神様や神使、妖怪だぜ。もし怒ったらどうなるか分からないのばっかりだぜ。まぁ、がんばれよ。」
「さて、明日は久しぶりに稲荷神社に行商に行くかな。」
赤穂が去ったあと笑いながらつぶやいた。