無謀な賭け
その記事を見たのは、偶然だった。
書店へと赴いた僕は、目的の本を手に取ると、雑誌コーナーに足を向けた。そして、何気に手にした雑誌の後ろに隠れていたスクープ誌の表紙に堤監督の名が見えた。
思わず手に取りスクープ誌を開いて見ると、堤監督と中谷涼香が結婚秒読みとの記事。年明け早々にでも入籍・・・・・・いつだったか、近くの女子大の子も言っていた。
思い返せば、堤監督に8ミリを見せたあの日に、ホームに突き落とされそうになって・・・・・・、そして、事務所を出た後に轢かれそうになった。
あの日、堤監督が出迎えてくれたが、監督は出先から戻ったばかりの様子だった。僕たちは、監督がコートを掛けるのを待って、8ミリを渡したのだから。
・・・・・・。
僕は思いつき、衝動に駆られるままに堤監督の事務所を訪れた。アポを取っていなかったため、追い返されるかと思ったがあっさりと通してくれた。
奥の部屋へ通されて直ぐ、失礼を承知で監督に左手を見せてくれと頼むと、怪訝な顔はされたが、それでも監督は左手を差し出してくれた。
ふう。僕は一呼吸置いて、監督の手のひらを見る。
・・・・・・監督の左の手のひらに一線は無かった。
はふ。気が抜けて、間抜けなため息がでた。
「私の左手が何か?」
ごもっともな疑問です。すみません。疑いました。
全てを話す気はなかった。当然、監督を疑ったなど。
しかし、僕は嘘がつけなかった。というか、勢いで尋ねてしまったために、言い訳を考えていなかったのだ。必然、全てを話す事になる。
そして、疑った事はすぐにバレてしまったのだが、監督は怒るどころか納得したように左右の手のひらを見比べた。
少し考えてから、監督は、中谷涼香との結婚を考えていた事を話してくれた。そして、彼女が何者かに脅迫されていたとも。
涼香は付き合い当初から、時折ストーキングされていたようだが、少し見られている、付けられている気がする程度で実際の被害は無かったが、その時は違った。接触し、脅迫してきたのだ。
そこまで話すと監督は、鍵のかかる引き出しからノートPCを出してきた。
それは、彼女の部屋にあったものだそうだ。発見当時は壊れて起動しなかったが、修理してメモリを復活させたと。
ノートPC起動させ、メーラーを開くと本文が何も書かれていない添付動画つきのメールをクリックする。再生された動画には・・・・・・。
中谷涼香だ。8ミリに映っていたのと同じ時期と思われる若い彼女がアップで映る。撮影者が離れ、彼女の周りが徐々に見えてくる。
「え・・・・・・」
思わず声が漏れてしまった。頭を鈍器で殴られた様な衝撃に襲われた。そんな映像だった。
「彼女は・・・・・・」
失望気味の監督の声。想像もしなかったに違いない。僕よりももっとずっと、衝撃を受けたであろう事は間違いない。
中谷涼香を脅迫した犯人は解ったが、今更どうしようもない。
僕は、動揺したまま監督の事務所を辞す。
結果的に、監督は僕らを襲った犯人ではなかった。では、あの手相の持ち主は誰なのか。
犯人は8ミリの存在を知っていた。本当は西賀が持っていたのだが、それを知らずに僕が所持していると思っていた。
つまりは、大掃除の日から年明けの西賀に8ミリを見せるまでの間に、僕が8ミリを所持している事を知ったが、その後の8ミリの行方を知る事が出来なかった。
そして、土曜日の夜から月曜日の朝にかけて警備員室で鍵を借りずに、部室に侵入することが出来た。
さらには、監督に8ミリを見せるために、事務所を訪れる事を知っていた。僕か西賀をストーキングしていたとしたら、8ミリを持っていたのが西賀だという事を知っていたはずだから。
あの監督が部室を訪れた日は・・・・・・事務員に案内されて監督は来た。帰り際の8ミリの話は、・・・・・・あの場にいた全員に聞こえていただろう。
土曜日の夕方、正門でボディバッグを外して大きく開いて学生証を探す。
「すみません、ちゃんと持ってきたのに」
無言でその様子を見下ろす、警備員。
やっと、テープの影に隠れていた学生証を見つけ、取り出す。警備員に見せて、構内に入る。
構内の明かりのついていたのは、警備員室と学生課の事務室、それに今から向かうクラブ棟のみだった。
現在16時半。構内に人は殆どいないだろう。
活動を終え、また一つとクラブ棟の明かりが消える。静まりかえるクラブ棟内。未だ明かりのついている部屋は一つだけとなった。
コツ・・・コツ・・・コツ。
コン・・・。
「あ!」
僕は、マグカップを持ったままでドアを勢い良く開け、立っていた人物にコーヒーを掛けてしまった。
「すみません! 何か拭くもの・・・、あ、どうぞ中に入ってください」
近くにあったハンドタオルを手渡すと、無言でコーヒーが掛かったせいで濡れてしまった左手の手袋を外した。
「ビンゴ」
思わず、口にしていた。
僕の視線に気が付いたのか、とっさに手のひらを下に向け、隠そうとする。
僕は、ボディバッグに入れていた8ミリを取り出し、相手の目の前に翳して、一気に言い切る。
「8ミリを探していたんですよね? 部室と僕の部屋に入り込んで。
駅のホームで背中を押したのも、暴走車で僕と西賀を轢こうとしたのもあなたですね」
しばしの沈黙のあと、ゆっくりと僕の方へ体ごと振り向く。そして、8ミリを見据えながら、低い声を発した。
「それを・・・・・・それを寄越せ」
ごくりとなったのは、僕の喉か。
「竹中を・・・・・・」
僕が言い切る前に、彼・・・・・・警備員は低く笑い声を上げた。それは、次第に高まっていって、とうとう、壊れたように笑い出した。
「ああ、ああ、竹中。竹中勝一を殺ったのは、俺だ。ああ、やつの最後は笑えたね。この俺に、散々下僕扱いしたこの俺に泣いて土下座までしたんだ」
人が変わったかのように上戸に話し出す。竹中をメッタ刺しにして殺した事、関西会場で照明機材に細工した事。そして、僕を8ミリと一緒に電車に轢かせようとしたが上手くいかず、車でも狙った事。ぺらぺらと自分の犯した罪をさも、英雄譚を語るが如く。
「その8ミリが無くなれば、俺に繋がる手がかりはない。在籍の記録も無かっただろう?」
その通りだ。警備員室にその日の担当警備員の名前が出ている。その名前を、大学の在籍記録のデータベースにアクセスして検索した。しかし、大学の在籍記録には、彼の存在は無かった。データが改ざんされていたのだ。
「だから、そのテープを壊して・・・・・・」
そこで一息入れてからにやりと笑う。
「学生っていうのは、悩む生き物だろう。悩める学生は、屋上からその身を投げるものだ」
鍛えていると思しき相手に正攻法で僕が勝てる見込みは、残念ながらない。しかし、このままでは僕は苦悩の末の身投げをしなくてはならない。
いやな汗が一筋。
「・・・・・・中谷涼香は、竹中勝一に脅されていた?」
警備員の目がカッと見開き、見る見る紅潮していく。
「あの、あのハイエナ野郎は! 身の程も弁えず、俺の天使を脅迫しやがった!」
警備員は早口でまくし立てる。まずったか。興奮させてしまった。僕は、ジリジリと後ろへ下がる。興奮しながら、警備員も少しずつ僕に迫ってくる。
「あの時だって! あの時彼女は騙されたんだ! あんな事知らずに!」
目が血走っている。警備員の手が僕の喉元へと伸ばされ・・・・・・。
ガチャリ。
「そこまでだ! 田中浩史。
竹中勝一殺害容疑および、殺人未遂現行犯で逮捕する」
その声とともに、数人の警察が一斉に部屋へと雪崩れ込んで、田中と呼ばれた警備員を床へと押さえつけた。
・・・・・・間に合った。
「よう、無事だったか」
場違いな陽気な声。警察官の後ろからひょっこりと顔を出したのは、西賀だ。その手には、2台のスマホ。一方は僕のスマホと通話状態になっている。ここでの会話をスマホで西賀が録音していた。そして、もう一方で警察に連絡をしたのだ。
「ああ、なんとか間に合った。・・・・・・助かった。サンキュ・・・・・・」
僕が作った拳を向けると、にやりとした西賀がコツリと拳をぶつけてくる。
無事に犯人は逮捕され、呪いは解かれた。
・・・・・・が、こってりと警察官に怒られてしまった。