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curse  作者: 鷹真
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始まりの8ミリ

試写会から数日後の朝、習慣的に点けていたテレビ番組でのキャスターが伝えたニュースに、一瞬自分の耳を疑った。手に持ったままだったマグカップをテーブルへ置き、代わりに手に取ったリモコンでテレビのボリュームを上げる。

『――インターホンを鳴らしても応答が無く、不審に思った担当マネージャーが、預かっていた合鍵で中谷さん宅へ入ったところ、階段下で蹲っている中谷さんを発見したとの事です。

中谷さんは、直ぐに病院へ搬送されましたが、死亡が確認され――』

女優の中谷涼香が事故死した。ほんの数日前に試写会で、僕の目の前で立って、話して、笑っていたのに。近しいわけじゃないが、なんとも悲しい気持ちになる。

あの映画はどうするのだろうか。主演女優が亡くなって、公開されるのだろうか。

『――なお、堤監督の初作品にして中谷さんが主演の映画「春つぼみ」は、遺作として予定通りに公開されるとの事です』

僕の疑問に答える、ナイスタイミングなキャスター。

画面が天気予報に切り替わった。自然と画面左上が目に入って、現在時刻を知る。

「あ、ヤバ、遅刻だ」

沈みかけた気分だったが、時間は待ってくれない。テーブルに置いたマグカップをそのままにして、テレビを消すと上着とボディバッグを手に、慌てて家を出た。


長年勤めて定年まで残りわずかだという警備員に、にこやかに迎え入れられ構内に足を踏み入れる。孫を見るように接してくれる警備員と挨拶を交わし、警備員室の前を抜ける。

警備員室の脇から右に方向転換し、駐輪場を通り越してさらに奥にある建屋がクラブ棟であり、向かう先。ちなみに、正門の左に学生課の事務室があり、掲示板、図書館と続く。講義は、正門から真正面の4つに分かれた建屋で行う。その奥に体育館とグラウンドがある。

クラブ棟に入り、建屋内部の階段を2階へ上がると、そのまま真っ直ぐ一番奥の突き当りの部屋まで行く。

今日は、僕が所属する映画研究会、つまりは通称「映研」の部室の大掃除をする事になっているのだ。・・・・・・遅刻だけど。

掃除途中、開けた窓からは冷たい風が吹き込んでくる。薄らと汗ばんでいる僕には心地よかった。窓辺に寄って、空を見上げる。透き通るような青い空は、高く、遠い。

太陽の眩しさに、思わず手を翳して気が付いた。手に嵌めた軍手が汚い。埃にまみれて、真っ黒だ。

「東城、サボるなよ。遅刻した分、キッチリ働け」

背後から聞こえる声に反応し、軍手を嵌めた手を打ち合わせて埃を落としながら振り返る。

「了解っと。それ、出しちゃいます? 一人じゃ持ち上がらないので、そっち側お願いします」

入り口から右手側の壁に設置してあった、古く錆ついたキャビネットを廃棄するためだ。廊下にさえ出せば、後は業者に運んで貰う手筈になっている。

腰ほどの高さの年代を感じる鉄製のキャビネット。キャスターなどというものは、残念ながら付いていない。

カタン。

微妙に壁との隙間が空いていたのか、後ろに挟まっていたらしきモノが、キャビネットをずらした拍子に床へと落ちた。

「あ、すみません。ちょい、待ってください」

屈んで手を伸ばして、落ちたものを引き寄せる。出てきたのは、8ミリのテープだった。

僕はそれを拾い上げ、埃を払う。

古いものなのか、黄ばんだラベルには何も書かれてはいなかった。

「おい、さっさと出すぞ~。業者が来ちまう」

先輩の声を掛けられ、作業途中だったことを思い出す。手に持ったそれを、一先ずカーゴパンツの脇ポケットへと退避し、キャビネットに手を掛ける。

「じゃあ、持ち上げますよ。せーの」

古びたキャビネットは、見た目よりも重かった。注意しないと腰をやられる。今時の若者は繊細なのだ。

「くっそ、西賀のやつ、狙ってバイト入れたな」

先輩のぼやき、ごもっとも。しかし、試写会スタッフのバイトだ。日付は、だいぶ前から決められていただろう。

「なんでまた関西試写会なんだよ。あいつ」

「あ~、最近合コンした女の子が関西の子で、その子に誘われたみたいです」

「うわー。チャラい。見た目そのまま」

僕は頷く。

その通り、西賀はチャラ男だ。ちょっと長めの金に近い茶髪にピアス、さらにはカラコン。言動も見た目を裏切らない。

品行方正とまではいかないが、キッチリ短めの黒髪で俗に言う凡人の僕とは正反対だが、なぜかよくつるんでいる。断っておくが、僕は合コンへは参加しない。その辺、チャラ男と一緒くたにしないで欲しい。

「おー、皆、ご苦労さん」

労いの言葉とともに入室してきたのは、黒縁の眼鏡がトレードマークの「映研」の部長だ。こよなく映画を愛する彼は、立派な映画オタク。自他ともに認めている。

部長が引き連れてきた業者が、苦労して廊下へ出したキャビネットを回収していったが、結構軽々と運んでいた。室内から運んで貰えばよかったのでは・・・・・・。

何はともあれ、無事に大掃除を済ませた後は、毎年恒例の忘年会。学生御用達の安いが売りの居酒屋へ向かうが、掃除のときより明らかに人数が増えている。増殖した結果、掃除のときよりも倍ほどの人数で、居酒屋の座敷を占領する事となった。

部長の乾杯の音頭で、初めは大人しく飲み始めたが、エネルギーの有り余った若者が大人しく飲むわけもなく、あっという間にどんちゃん騒ぎとなった。居酒屋の他のグループも似たり寄ったりだ、構うまい。

それよりも、明日に予定していた帰郷だが、果たして無事に帰れるだろうか。

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