8幽かな音、幽かな景色、微かな光、幽かで微かな記憶
「うーん。むにゃむにゃあ。って、もう七時半!今日は早起きして実験したかったのに~。」
私は慌てて着替え始める。
「マリー様。おはようございます。ごはん、ちょっと冷めていますが、大丈夫でしょう。」
そういうのは従者のリーク。
私は寝坊した分の遅れを取り戻すために急いでご飯を食べる。
今日の実験は水を液体のまま丸くする…あ、薬品こぼれた。
ボッカーン!!
さあ、気を取り直して
「マリー様。お茶です。」
「…?ああ、お茶ね。ありがとう。」
「それでついでに聞きたいことがあるのですが…。」
「構わないわ。」
お茶を持ってきてくれたのはニス。何やら相談があるようだ。
「昨晩私は夢を見たのですが…。ぼんやりと何かが見えたのです。ランプとか、レンガの建物とか。それがたくさんあったんです。あとは木とかがちょっと。それでとてもまぶしいのです。上の方が青くて白いふわふわがあって。あと私みたいな人間がたくさん。動物は全然いない。これってどこなんでしょうか。」
ニスが言った。
「へえ。それはきっと、街ね。」
「ま…ちぃ…?」
ニスは街が何か分からないようだ。
「街は人間と家がたくさんある地域、だと思うわ。私も良く知らないのよ。」
私はこういった。
「じゃあなんでこんな夢見たのかなあ。」
ニスがつぶやく。
「きっと、あなたの故郷じゃない?小さいころの記憶が夢になったのよ。」
私が言った。
「でも、本当に微かで…幽かで…。」
「いくら音が幽かでも、いくら景色が幽かでも、いくら光が微かでも、あなたの記憶は消えない。きっと、心でずっと残ってる。」
私はにっこり笑った。ニスも少し笑顔になった。
やっぱりかわいい。最初の見つけた時からかわいい子だなと思っていたが、立派になった。
それでいて、後ろめたい。この子は街にいれば、幸せだったんだろう。
せめて養子にでも、いや、なんだかんだこの館に人間はいる。そんなにたくさん里親を見つけられない。
「そうか…そう、消えない。消えないの?」
「ええ。消えないわ。」
「…っ!す、すいません!無礼でした!こんななれなれしい感じに…。」
ニスが慌てて謝る。
「いいのよ。うふふ。」
「では業務に戻ります。」
「頑張ってねー。」
私はニスの頭をなでる。
ニスはポカーンとしている。
こんなことされたことがないんだろうな。可哀想に。
そして小さな従者は部屋を出ていった。
なんだかんだ言って私は労働させてるんじゃないか、と考える時がある。
いっそ家族にしてしまえばよかったんじゃないか。
本当にあなたは幸せ?
あの子を見ているとかわいい子供が出来たように感じるのに、あの子は働いている。
記憶、ね。