1ニスとお屋敷
赤子の泣き声を聞くのは2度目である。
今回だけでよかったのに。
全なものはいらない。おどおどして、震えていて、私達をイラつかせるものなど。
暗い森には、雨が降っている。月が見えない。
そして少女を抱きかかえたのは、人じゃなかった。
ここは不思議な家。いや、ただの家じゃない。屋敷だ。
主は部屋にこもる。時々部屋の中が光る。
私はメイドである。この家では少ない、人間だ。
なんせ主人のマリー様は魔女だ。そのためほとんどの召使いは人間じゃない。
そして、そのほとんどが役に立たないというのだから困ったものである。人間が来る前は一体どうしていたのだろう。気になって仕方がない。
ここの召使いの大半は動物である。まぁ正確に言えば、マリー様がこの森で暮らす動物に言葉と人間のような姿を与えたものだ。知識はほぼ皆無。 マリー様はなぜこの動物達に知識を与えなかったのだろう。面倒くさかったのだろうか。 我が主は意外とだらけた性格でいつも魔法の実験をしては食べ物を食べ、寝っ転がり、ぐっすりと眠る。魔女のことを詳しく知っているわけではないが、実に魔女に向いていないと思う。
マリー様は魔女の子供だそうだ。魔女の大半はこのタイプだ。人間が修行を積み重ねれば魔女になることはできる。だがそれにはあまりにも多くの時間と労力を消費する。みんな魔女になる前に死んでしまう。
私はニス。過去の話はあまりしたくない。
一応妹と親がいるが、無縁と同じだ。
私は暗い森に捨てられ、マリー様に拾われた。それは私が4歳の時のことである。捨てられた原因は知っている。両親が言っていた。
到底叶わない願いだろう。でも…
「妹に会いたいなあ。」
私が4歳の時、妹の レアドールは0歳だ。
私は今13歳なので妹は9歳だ。学校に通っているんだろうな。いじめられてないかな。可愛く育ったかな。
自分の顔が笑っているのに気づいたのは後ろからくすくすと笑い声が聞こえた時だった。
「まあ、笑ってるわ!うふふふふ。」
「そんなに笑うようなことなんですか?」
マリー様を白い目で見そうになったが、だめだ。私よりえらい…はず…多分…
この館の中では偉いのだ。 でも、世間的に見れば偉くはない。この世の中では人間が一番偉いと暗黙の了解になっている。本当はこんなことになってはいけないのだが。
「あ、マリー様!」
彼女はこの館の中では珍しい人間の一人だ。そして、私の友人でもある。
「あら、 ソフィリアじゃない。どうしたの?」
「これ、頼まれていた種です!」
ソフィリアの手の上には小さい種がいくつか転がっている。
「これ見つけるの大変なのに、凄いじゃない!」
「まあ、嗅覚が鋭いうさぎのサリーに手伝ってもらいましたから。」
人が近寄らないこの森の中には、珍しい植物などがたくさんある。この森のものを人間は使ったりしないのかな。もったいない。まぁしかし、私も捨てられなければこの森に来ることはなかっただろう。この森は昼夜問わずずっと暗く、 不吉な噂が多い。そして実際にマリーという名の魔女がいる。
「…ところで何に使うんですか?それ。」
「あーこれ?これは マジック ドラッグを作るための種よ。」
マジックドラッグ…前作るのに失敗して部屋が爆発したような… 。
「じゃあ私はこれで。」
ソフィリアは廊下を歩いていく。私を含めこの館にいる人間は捨てられた人間だ。そのためほとんどが暗い性格だ。でもソフィリアは明るく優しい。いつもみんなに気を配る。
私は…どうだろう?ここでは笑うようなこともない。いつも無表情を顔に貼り付ける。前にリスや狐に突き飛ばされている鹿を見つけた。彼はいつも明るく元気な少年だった。
ここでは目立つと狙われる 。そのことをこの9年間で学んだ。
学校に行きたいと思ったことはない。こことあまり変わらないだろう。一応小さい頃に基礎基本の勉強を学んだことはある。ベテランのピーターさんに教えてもらった。興味も湧かない、普通の内容だった。まあ井の中の蛙である。そう思われても仕方がない。
仕事をしよう。掃除は他の人がやっているから、洗濯だ。あまり乾かないからいつも室内干しで乾かす。時間までに乾かなかったらマリー様が魔法で乾かしてくれるので大丈夫だ。
そしてまた日が落ちる。森の中だからよくわからないのだが。
森の外はどんな世界だろう。想像しても思い浮かばない。小さい頃の記憶はほとんどない。 マリー様に魔法を教えられたような気がするが、なぜかメイドになった。それだけ平凡な人間だったんだろう。
もちろんマリー様への忠誠心はある。このお方は命の恩人だ。 でも…
「レアドール…。」
そう呟いて私は眠りについた。