第五話 訓練
「そう落胆するな」
肩をガックリと落とし、俯いている様子のディルは、誰がどう見ても落ち込んでいるようであった。
「そうは言っても……」
一つの種類の魔法しか使えない。その事実は魔法を夢見る人間にとって、夢を潰されたに等しかった。
「結界魔法は汎用性が高い。それに我が鍛えてやるからな」
「それは勘弁して」
天下の神獣が要求するレベルはどれほどのものか、ディルは想像するだけで身震いした。
「まずは魔法からだな、魔法適性は分かったが、魔力量はまだ分からない」
「コイツ人の話聞いてんのか?」
ディルの言葉を無視して話を続けるアルフェールは、悪態をつかれても文句は言えないだろう。
「とりあえずお前、魔力を放出し続けろ」
「こ、こうか?」
内心どう思おうが命令されたとあらばすぐさま実行に移すのは、やはり元日本人だからであろう。
魔力は体の中にあるということは既に教えられている為、息を吐くように意識をすると、ディルの周りに、透明だが確かに存在が確認できるような物がが出てきた。
「そして無くなるまで出し続けろ」
そしてディルはその透明な物……つまるところ『魔力』を放出し続け、5分がたった頃、ようやく全ての魔力量が無くなった。
「なるほど、これはなかなか……」
と、何やらアルフェールが呟いてる横で、ディルは何故か大の字に倒れこんだ。
「アル……」
これはどういうことかと、口が回らない中でディルはアルに抗議した。
「ん? 魔力が無くなると丸一日とてつもない疲労感に襲われることは言ってないが」
体から酸素や血、水が一定以上無くなると動けなくなるのと同じように、魔力もまた、体から一定以上の量が無くなれば動けなくなる。
「そ…… れ…… だ……」
普通なら一言も喋れないのだが、途切れ途切れでも言葉を繋げられているのは、ディルの根性……いや、事前に説明をしなかったアルフェールへの執念によるものであろう。
「お前…… な…… な…… んでそう…… いうこと…… 先に…… 言わ…… ない…… んだ?」
「それはな、これからやることに関係しているぞ」
「……は?」
思いがけないアルフェールの言葉に、ディルはいったい何が起こるのかと困惑した。そのまま体を動かせという、ある程度の予想はしていたが、流石にそれは無いであろうと、体も脳も魂までもがそう考えていた。
だが、現実は非情であった。
「今からその疲労感に慣れてもらう訓練だ。この岩を背負って狩りをしてこい。もちろんそれがお前の晩飯だ」
それどころか、想像しうる限り最悪な意味を含む言葉が、アルフェールから淡々と出されていた。
「ははは…… 冗談を…… 俺が…… この状態で…… 動けると思うか? ……ましてや狩りを?」
「そして…… それが晩飯だって? ……嘘だよな…… 嘘だと言ってくれ……」
ディルの脳は、想像を超える衝撃を受け、現実逃避と乾いた笑いしかできなかった。
「ああ、これから毎日やってもらう」
「はは…… は……」
ディルはまるで世界の終わりを見るような目で、虚空を見つめていた。
ここからディルのアルによる地獄のような訓練が始まったのであった。
それは、午前は本気で殺しにかかって来るアルとの実戦、午後は先程の魔力切れ状態での狩りであった。
ディル曰く、アルの本気の殺気は本能で死を覚悟した程らしい。実際、慣れないうちは何度も気絶していた。
そして、戦闘訓練自体もも凄まじい。全方向から迫り来る音速のような攻撃を上手く捌かないといけない。しかも油断していると風で吹き飛ばされる。そこから一本取る必要があるのだ。
もちろん死ぬことはないが、ディルはアルとの実力差が明確なので、文字通り手も足も出なかった。
アルフェールに叩き起こされ朝6時程に起き、朝食をとって休憩無しの5時間戦闘訓練、からの魔力切しながらの狩りをする生活は普通だと人間の体は持たない。
だが、ディルは再生能力を持ってしまっているため、擦り減るのは神経だけとなっていて、リタイアなど出来ない。
さらに、再生能力は、細胞の劣化も再生する。つまりは不老となり、それによって地獄のような生活が二十年程続いた。
「もうやだ……」
「泣き言を言うな、動け」
「アルハラだ! アルハラ! アルフェールハラスメント!」
「? ハラスメントというのがよくわからんが…… よし、明日から魔法の訓練を入れるぞ。ナイフだけでは限界があるからな。だから狩りは3時間以内にしろ」
ディルが戦闘で使っている武器は、狩りの途中に見つけた落ちていたナイフである。
「やっとか…… 長かったな…… って二十年は長すぎるわ!」
二十年という時間は、ネズミが五回も死に、犬が瀕死になり、人間が生まれてから成人となり、蝉が七百二十回死ぬ時間である。
「そうでもないぞ。お前もいつかそう思う時がある」
「そういう物なのか……」