第ニ話 狼退治
ただ、それが叶うことは無かった。
みるみるうちに狼にえぐられたところが治って行ったのだ。少女はかなり不思議に思ったが、すぐに管理者が言っていたことを思い出し、この現象について理解した。
転生させられる直前の「色々つけてあげる」とはこのことだろうと。
そう少女は考えたが、そうしてはいられないと今の状況を思いだし目の前にいる狼の対処しようとした。
(こいつ…… どうしよう)
少女は先ほど成す統べもなくやられたことにより、狼は少女よりよっぽど格上だと理解した。今の自分には何も出来ない。
攻撃されたとしてもすぐに怪我は治るが、その場から動けないのでなぶり殺されるだけであるから迂闊な行動は出来ない。
狼は仕留めたと思っていた獲物が復活したからか、少女を警戒し飛び込んで来ない。それによって狼の少女に対する警戒が更に強くなっていた。
狼からすれば、突然どこからか現れた怪奇な物……かと思いきや、周りの警戒もせずにいるただの獲物……かと思いきやこちらの攻撃が効かないのだ。
ただ、その少女自体の戦闘経験は無いと判断し、変わりなく少女を獲物として見ている。
無論、少女もそのことは分かっており、どうにかしたいと考えてはいるが、攻撃手段が無いので何もできない。
そうとあれば時間稼ぎの為に、虚勢を張って狼を睨みつけた。普通なら、ただの少女の睨みつけは効果がないのだが、この狼には効果が的目であった。
得体の知れない存在から睨みつけられるとすれば行動出来ないのは必然であろう。
しばらくじりじりと睨みあっていたが、このままじゃらちがあかないと思い、少女はに辺りを見渡して作戦を考えていた。
普通なら焦りで何も考えられなくなるが、転生直後による非現実感と滅多なことでは死なないという安心感によりそれが可能となっていた。
(辺りには草と木…… それに石と湖か。草は論外として、木にぶつけるのも非現実的だ。石は使えるがあいつを追っ払うには力不足か…… とすれば湖に落とすしか無いな。あいつが泳げないことにより賭けよう。)
そう考案してるうちに、狼は少女が逃げ場所を探しているのではと考え、その行動をさせまいと飛び掛かった。
少女はそれに面食らうが、直前に作戦を立てることができていたので、逆に好都合であった。
(思ったより避けれるな…… これだと少しやりやすくなるな)
その狼の攻撃は単調であった。それもそのはず、狼には焦りがあったからだ。その得体の知れない存在に動かれると何が起こるか分からない。
もしかしたら自分など簡単に消し飛ばされる技があるかも知れない。そう最大まで警戒し、相手が何かする前に仕留めることを急いだのだ。
「よっ…… と、これでどうだ!」
しかし、それは叶わない。少女は狼の攻撃を間一髪で避け、予定通りに側にあった石を投げた。これもまた、普段の狼なら避けれるが、ここで何の変哲もない攻撃が来るとは予想出来なかった。つまり、不意を突かれたのだ。
そして少女は、怯んだ隙を見てすぐ横にある太めの木に隠れた。狼は一瞬少女が逃げたと思い、索敵に集中し追い掛けようとした。だが、匂いですぐに木に隠れた少女に気づいた。
狼はこれにより、少女がまともな攻撃手段が無いことを再確認し、隠れた少女に襲い掛かった。だが、これでも警戒を緩めている訳では無く、誘いだされている可能性も考えている。
それを考慮し、少女が反撃出来ないような速度──全速力で掛かり、一瞬にして仕留めることにしたのだ。
「かかったな」
そう、狼がが飛び込んでいく方向、狼から見て少女がいる方向に、さっき少女が自分の姿を確認した湖があるのだ。
狼はそれに気付いたがもう遅い。勢いは落ちず、そのまま湖に落ちてしまったのだ。そうなるほど勢いがついた攻撃も、それを予測していた少女によって難無く避けられている。
「よし! 正直うまくいくか心配だったけどいけた!」
少女はとても安堵していた。それもそのはず、この作戦、自分で思い返してみても穴がありすぎるのだ。今回は上手いこと事が進んだが、おそらく二度目は無いだろう。
それに、まだ終わった訳では無い。懸念すべき事がまだ残っていた。
「さてと…… 狼さんは泳げるのかな……?」
少女が湖を見ると、狼は水面にはいなかった。一瞬もう湖から抜け出していることが頭によぎったが、湖のシルエットを見るにまだ水中にいることが分かった。
だが、水中にいるとしても溺れている訳では無かった。少女が湖を覗き込むと、そのシルエットが少しずつ動いていたのだ。
このままでは狼が上がって来てしまうことを察した少女は、もしもの時の為の作戦を実行することにした。
「この方法は残酷過ぎるから使いたく無かったのだがな………… すまない」
そう、少女はそこらに落ちている石やら木などを狼にを投げつけたのだ。少女は今自分がしていることにとてつもない罪悪感を覚えてたが、生き残る為には必要なことだと割り切った。
「よっしゃ、もうこれで大丈夫…… でもないか」
そうしていく内に狼は力尽き、沈んで行った。脅威と命の危機が去ったということで少女は喜びの凱旋に浸ろうとしていたが、湖に落ちた音によって周りの獣が集まると推測して止めた。
もしそうなってしまえば本格的に生き残れそうに無いので、少女は惜しくも水場から離れていった。
(疲れた…… てかここどこだよ)
出来るだけ離れた方がいいと、しばらく歩いて所為で疲れ果てた少女は周りに何もいないことを確認し、倒れた木に座り込んだ。
(さて、一旦今までのことを整理しよう)
それは、まず現在ここに居る場所が異世界の山だということ。次に自分が少女になっているということ。そして怪我がすぐ治る再生能力を持っていることと、さらに何かあるらしいことだ。
(それにしても……あまり実感湧かないな)
少女は自分の頬をつねったり引っ張ったりして、改めて自分が元の自分とは違う人であることを確認した。
(待てよ…… 本当に女か? 見た目だけで性別は変わってないという線は有り得る)
そう少女は考え、恐る恐る男の証があるか確認した。
「無い…… ハァ…… どうなってんだか……」
もう少女には、何故こんな目に遭わなければならなかったのかと、脳内で世界の管理者に問い詰めているのを妄想するしか救いが無かった。