第一話 山の中
「うわっと! つっ…… いてて……」
男は転生した衝撃でしりもちをついた。転生のときの落ちていく感覚が残っていたためである。感覚が狂っていた男はしばらく茫然としようとしたが、景色や空気の新鮮さが男に辺りを見渡すよう囁いた。
「ここは…… どこだ……? まさか山の中とか? 冗談だろ? 植物しか見えないが気のせいか? どう生きていけと? ……次死んだら絶対ぶん殴ってやる。幸いすぐに達成できそうだ」
そう男は怒りをあらわにしながらも、現実逃避の為周りを見渡した。しかし、何度見ても周りには草木や湖しかない。人の気配など微塵も無かった。
「どうしよう……」
弱気になった男はそう呟き、ため息をついた。ただ、嘆いていても現状は変わらない。どうせ転生したのなら少しでも長生きをしてやると意気込んで、まずはしりもちをついた際に汚れたであろう場所をはたき落とそうとした。が、すぐさまそれどころではなくなってしまった。
「んん!?」
それは、なぜか男の視界に白く長い髪が入ってきたからだ。流石に異変を感じずにはいられなかったので、すぐ近くの水場を探して覗き込むと、そこに映ったのは男が今まで見てきた自分では無かった。
そこには、全く知らない少女が映っていたのだ。
その少女は、先ほど視界に入った白く長い髪、赤みを帯びたピンク色の大きい瞳、整った顔立ちに幼児体型と美少女と言える要素が揃っていた。さらには男は気づいていなかったが、声も見た目相応に幾分か高くなっている。
(いや落ち着け…… 見た目はこんなだが精神は俺のままだ…… 幸い周りに人はいないようだから人の目を気にする必要もない。いつも通りにしてればいいか……)
普通なら混乱していたが、容姿がどうの言ってられない状況にいることに気付いた男、いや少女は、このことを後回しにして、まず生きるために必要な食糧と水の確保に向かった。
前世では迂闊に外に出られなかった分、部屋に篭ってテレビで見ただけのサバイバルの知識はあるようだ。
(水場が近くにあったから水の心配はいらないな。1番の問題は食糧だ。しかし困ったな…… 近くに食べられそうなのは無い…… どうしよう)
少女はしばらく考えたが、何も思い付かず、考えるだけでは何も出来ないことに気付いたため辺りの探索に出る事にした。
ただ探索と言っても、知らない森の中で迷子になってもいけないため、水場を拠点として回るように見ていくだけである。
(植物は大抵水場の周りにあるからな。探せば何か食べれるものもあるだろう)
とにかく食べれるものを探さなければならないと、若干ふらつきながらも少女は進んでいった。
前世では寝たきりだった分歩く感覚を掴めずいるのと、少女の体になり、重心が変わり感覚がおかしくなっているのとで足元がおぼつかないからだ。
すると、そうこうしているうちに少女は赤い木の実を見つけた。さくらんぼのような形状とよく熟していそうな赤色は、食料のことしか頭にない少女にとってさっさと取って食えと言われんばかりの魅力を醸し出していた。
しかし、万一のことを考えれるほど理性が残っている少女はその誘惑に負けず匂いを嗅いで確認した。
(匂いは…… 大丈夫そうだ。一口かじってみるか)
万が一毒があればいけないと考え、少量だけ口に含んだ。
「渋!!!!?!?!??」
少女は思わず、口に含んだ木の実を吐き出してしまった。そしてしばらくの間うずくまり咳込んだ。
(これ…… 毒が無いとしてもまともに食えたもんじゃ無い…… 現実はそう甘くないか…… この実のようにな)
ちょっと上手いことを言った気になっている少女は思わず笑みがこぼれていた。食料候補が一つ潰れたショックを無意識に和らげるためであることは少女は知らない。知る由もない。
そう気分を良くしていたつかの間、ケモノ臭がし、近くに何かががいると察した少女は辺りを警戒しだした。
「グルルルァ!」
だが、それは遅かった。既に近づかれていたのだ。少女が声をした方向へ振り向くと、そこには一際大きい狼がいた。しかし元の狼をあまり知らない少女はそのことに気付かない、いや、そんなことを考える余裕など無かった。
「えっ………………………… いやあのですね、違うんですよ、別にあなたに危害を加えようとはしてないんです。だから…………………… え? 違う? 縄張りに入っちゃいました?
それならすいませんすいませんすぐ出ていきますのでどうか襲わないで──」
「グルル……」
少女の必死の命ごいは届かなかったようだ。理解していない訳ではない、元々少女を狙っていたのだ。それなのに何故今まで襲われなかったのか。それは、最初に急に現れた少女を警戒していただけである。
突如、目の前に少女が現れた。それは、誰しもが警戒するであろう。
しかし、その後の動きから恐るるに足らないと判断され、獲物として見られるようになってしまった。ただ、少女が無防備過ぎるのを怪しんだたし、警戒は緩めていなかった。
だが、少女が赤い木の実を口に含んだ際に、大きい隙ができたため、ここを好機として狙われたのだ。そして怯えている様子を見て、警戒対象から完全に獲物へと認識が変わってしまった。
つまり、獲物を逃す訳はない。少女のしていることは無駄どころか逆効果である。
「ひぃぃ! 最後の晩餐があれなんて嫌だッ!」
「グルァッ!」
「ぎぃっ……~~ッ」
抵抗も虚しく、少女は切り裂かれた。今まで経験したことのない想像を絶する痛みが少女の体を襲ったが、前世の体の体質上、体が裂けるのは何度も経験しているので叫び声を押しどどめれた。
しかし、だからといって状況が変わる訳ではない。それに、少女も限界が近づいたため、意識が遠のいていった。
(なんか…… 惨めだな…… これは一発じゃあダメだ…… 気が済むまで殴りまくってやる……)