プロローグ
初投稿です。。
ある男は生まれた時から体が弱かった。
転ぶとすぐに骨が折れ、病気にかかると一ヶ月は寝込んでしまう。耐久力も免疫力もゼロの状態だ。
いつもそのような調子だったので、まさに風前の灯と言っていいような時間の余命を宣告されても誰も疑問には思わないだろう。
本人であるその男すら気にしていなかった。しかし、それでも後悔というのは残っているのだ。体質のせいで苦労して生きてきたこの人生が水の泡となるのは何か思うことがあるだろう。
だからこそ、この男は現世については諦め、来世に期待を寄せた。何を馬鹿なと鼻で笑われることだが、男はわらをもつかむ気持ちでその可能性に食らいついた。
せめて、来世では何も危険を寄せつけず、怪我や病気がすぐ治る体で自由に生きたいと。
ふと、男の意識が落ちた。余命宣告の通りであった。ここまで正確に診断出来るというのは、さすが現代の医療技術だと目を見張るものがある。
男もそのようなことを考えていた。
(“俺”の人生もここまでなんだな。余命通りに死んだということは全て予定調和の可能性が…… 流石に無いか)
ただ、男は気づいていないようだった。死んだはずなのに何故か思考が出来ることに。
(さ~てさて…… 来世は………………………………… あれ? 俺って死んだはずだよな?────なん…… うえッ!?)
しかし、男の鈍感ではない思考もそのことに気づきかけていた。そして、一瞬混乱したが、それも些細なこととなっていた。
〈私ハ魂ノ選別者ダ〉
何者かの声がした。その声は緩急が無く、生気を感じさせない声であった。しかし、男が最も驚愕したのはその姿である。
その姿とは、一目で見れば牛の雰囲気を漂わせた巨人だが、見れば見るほど山羊に思えたり、機械に思えたり…… 次第にはこの世の物で無いと感じさせるモノだ。
それと同時に、男が今いる空間の存在に気がついた。辺り一面真っ黒で何も無い、光すら無い場所である。そして男の身体も無い。あるのはそこの化け物と、微かに見える無数の白い玉だけだ。
男は全てを無心で見ていたが、今自分が置かれている状況を思いだし、そこの存在と対話することを決心した。
(あ、あの…… どなたですか? そしてここは何処でしょうか)
<私ハ魂ノ選別者、死者ノ魂ヲ仕分ケテイル。ソシテココハ魂ノ世界。肉体ヲ失ッタ魂ガ還ル場所ダ>
(やっぱり俺は死んでいるのか…… それと、仕分け…… ということは天国か地獄かってことですよね? 俺はどっちですか?)
<御主ハドチラデモナイ。我ガ主ノ元ヘ連レテ来イト命令ヲ受ケテイル>
(え? どうして?)
<ソレハ私モ知ラナイ。──トモカクツイテ来イ>
(あ、はい……)
何故こうなるのかと疑問に思いながらも男はその化け物について行った。
しばらく進むと、漆黒であった世界が一転し、真っ白な世界が広がっていた。そして、何処からか引っ張られる──引力を感じていた。
すると、男の目の前に辛うじて人型を保っているナニカが、既にそこに存在していたとばかりに現れていた。同時にさっきから受けていた引力は、この者の存在感によるものだと気づいた。
「タマちゃんはもう戻っていいよ。お疲れ様」
<承知シタ>
その存在は、タマちゃんと呼ばれたその化け物を下がらせ、男の前に寄って行った。
男は、こいつがあいつが言っていた“主”なのかと察し、少し身構えてしまった。
「そんなに身構えなくてもいいのに。別にボクは君に罰しようとしてないからね」
(じゃ、じゃあ…… 何の用です?)
「ちょっと君に悪いことしちゃたね。ゴメンゴメン」
(は? …… というか貴方は誰です? 何故謝っているんです?)
唐突な謝罪により、男はさっきまで身構えていたのも忘れて、つい強い口調で尋ねてしまっていた。
「質問は一回にしてね。答えるけど」
(……)
「まず一つ目の質問についてだけど…… まあ、自己紹介するね。ボクは世界の管理者。つまり君達がよく言っている神様みたいなものかな。そして君達が住んでた世界を含めて二つの世界を担当しているね」
(そんな管理者様がどうして俺なんかに?)
「まあまあ落ち着いて。二つ目の質問はね、えっと説明がめんどくさいからこうしようかな」
そう世界の管理者が言ったその瞬間、男に情報が入り込んだ。その情報とは、男が驚愕しても仕方のないことであった。
(え!? 何々……? へ? は?)
「ありゃりゃ、言葉を失っちゃったね」
(お、おい、どういうことだ、説明しろ!)
その説明することを全て知っているのにも関わらず、男は反射的に聞いてしまった。
「はあ、意味なかったじゃないか…… もう簡単に説明するよ」
そう言った世界の管理者は、一旦男の記憶を消し、改めて説明することにした。
「世界を構成する物質はボク達が造ってる訳なんだけども、人間とか生物は全ての個体を全く同じ物にするのはルール違反なんだよね。
で、ボクは一つ一つ変えるの面倒だからぜーんぶランダムでやってるわけ。わかる? そしたらね、そんなことをしてたらバランスなんか無くなって極端な人が出来るんだよ。君みたいなね」
(は? つまり俺の人生は…… 適当に決まったことで……)
「そそ、だからゴメンねっていう話さ。あっ、病んでもらっちゃ困るから止めとくね」
記憶を消されていて、改めて聞いたこの事実により男は、思わず首を掻ききって自殺してしまう程のショックを受けた。
理不尽に思っていたとしても、苦労して生き延びててきた人生が全て気まぐれによって出来たものだと知ったら誰でもそう思うのは仕方のないことだろう。
(どうしてくれんだ……)
「ゴメンって言ったでしょ?」
(それだけで良いと思ってるのか?)
全く悪びれも無く言い放った謝罪では、男は自分が救われないことを自分自身で理解しているので、たとえ相手が管理者だとしても何かしらを要求しないでおくのは抑えられなかった。
「アリを踏ん付けてしまってそのまま謝る人って珍しいでしょ? 大抵は素通りするか、嬉々として踏み付けにいくかだろうね。ボクはそれらと比べるとマシでしょ」
(人間はアリか…… まあ管理者にとってはそうだよな……)
話している対象が生物を超越してる存在な為、話しても意味のないことに気づいた男は全てを諦めた。
「ま、ボクも命ある物の心が無い訳ではないからね。君の願いを叶えちゃいます」
(え!? 願いって…… 来世か?)
全てを諦めていた男だが、この一言をきっかけにまた希望を持つことになった。
「いや、普通に来世はあるけども…… 記憶を残して今すぐ生まれ変わらせることだね」
人が天国か地獄に行き、数百年かけて全ての罪や汚れを洗い流したあと、記憶を消して生まれ変わることとなっているので、来世自体はあるのだ。
(いや、記憶なんて……)
「君、未練あるでしょ」
管理者がばっさりと言い放ったそれは、男でも自覚していなかった“本音”であった。
(!?)
「普通の人のような生活がしたいって欲望が滲み出てるんだよ」
(………………)
男は言われて初めて図星を突かれたように黙り込んだ。
「だからもう一つの世界へ転生させまーす」
(はぁ!?)
どうしてだ!と男は問いただすと、管理者はこう答えた。
「だって元の世界ヘ生まれ変わらせるのはタブーだから。というかすぐに転生させることがダメなんだよ。一回そのままの世界でやったら見つかっちゃって厳重に注意されてるんだ。だからその目をかい潜る為にって訳だね」
(ならどうしてわざわざ俺を?)
「君は知らなくていいよ。正直この世界ヘ招くのも禁止されているけど、実験一号君は直々に…… ってこの話はいいや。ばれたく無いからさっさと転生させるね」
(おい待て、俺の話は?)
そう男が言いかけると、視界が暗転して、全ての感覚が無くなっていった。そして意識が途絶える寸前に、管理者の気楽な声が響いていた。
「それじゃ、頑張ってねー♪ いろいろおまけ付けとくから♪」