思い出した朝。
夢から目が覚めると、身体全体に柔らかく温かな重みを感じた。
その正体は俺を抱き締めているいなりで、その目はほんの少し潤んでいた。
起きた俺に気付いたいなりは目元を少し拭うと、微笑みを浮かべた。
「尋、妾、思い出せたのじゃ」
いなりのその一言で、同じ夢を見た事を理解した。
「そっか。俺もいなりの事たくさん思い出したよ。思い出したというよりもてんこさんに思い出させてもらったって感じだけど」
「そっか。……尋、妾が自分の為に縁を結ぼうと聞いてどう思った? その……、軽蔑した?」
「そんな事ないよ。驚いたけど、嫌な気はしない。それに、昔のいなりと約束してたからな」
俺は不安そうにするいなりを安心させるように頭を撫でながら、夢で見たいなりとの約束を思い出した。
いつか、ぜったいわらわをむかえにきて! ……か。
約束をすっかり忘れていたけれど、忘れていても結果的に迎えに行っていたとはな。と、少し可笑しくなった。
心は覚えてたのかな? なんてクサい事を思いながら。
「約束? ……あ」
いなりは約束という単語に反応して、照れたように頬を赤く染めた。
「なんか、思い出したばかりだからか懐かしいはずなのに色々と新鮮だよなあ」
「そ、そうじゃな」
「……あ。そういえば、俺もいろいろ思い出す中でいろいろ聞いたんだけどさ、その中でいなりがどうしても結びたかった縁があるから修行してたって話をたまちゃんから聞いたんだけどさ、それってもしかして俺のこと?」
「……な、なーんのことやら分からんのう」
たまちゃんから聞いたいなりの修行時代のエピソード。あの時はジェラシーを感じたが今にして思えば、ジェラシー対象は多分俺。
その証拠にいなりは恥ずかしそうに顔を赤くして、すっとぼけながら目をあさっての方向に泳がせた。
あまりにもバレバレないなりのその素振りを見て、俺は思わず声をあげて笑った。
「……むぅ。尋の方が先に思い出してるからちょっとずるいのじゃ。妾も尋の仕事の間にいろいろ思い出しておくから覚悟しておくのじゃ!」
いなりは頬を膨らませながらプイと顔を背けた。
はは、仕事の終わった後が怖いものだ。……仕事?
あまりの幸せな時間にすっかりと忘れていたが本日は木曜日のど平日。
ふと、壁掛け時計に目をやると時計の針はとんでもない時間をさしていた。端的にいえば、遅刻寸前。
「やばい! ち、ちょっといなり、仕事が! 間に合わなくなる……うわっ!」
「わ、ちょっ……あ!」
俺が立ち上がろうと上体を起こすと、俺の上に乗っかっていたいなりがのけぞり、俺がいなりを押し倒したような形となる。
いなりは顔を苺のように赤くしており、俺もつられて顔が火照るのを感じた。




