何気なく放たれる言葉の弾丸
「で、今日はご両親とはいろいろ話せたのかのう」
リビングで夕飯に舌鼓を打っている俺に、いなりは何気ない一言をぽんっと投げた。
いなりにとっては、小さな子供がゴムボールを投げるくらいぽんっと投げた言葉だろうが、俺にとってはプロ野球選手の豪速球だ。
俺の味噌汁を啜る手がピタリと止まり、いなりはそれに気付いたのかご飯を飲み込むとじっと俺を見つめた。
「え、なにか妾変な事を言ったかのう?」
「あ、いやいやいや、そんな事ないぞ。何から話そうかなと悩んでただけだ。い、いろいろあったからまたお風呂上がりにでも話そうかな。ハハ」
「なるほど。じゃあ、また後でいろいろ教えておくれ」
未だ整理がつかないのでヘラヘラ笑ってごまかす。
いなりは俺の弁明に納得してくれたようで、ニコリと笑って味噌汁を啜った。
ふう、危なかったぜ。さっさと整理しないと俺の心が休まらん。
そのせいか味も感じなくなったような気がして、いなりの美味しいはずの料理をただ口に運んで胃に入れてるだけになってしまっている。
「じゃあその話はまた後にするとして、今日はお仕事どうじゃった?」
また、なんの気になしにいなりからポンと言葉が投げかけられた。
いなりにとっては、小さな子供がポンとオモチャのサッカーボールをポンと蹴るくらい軽く放たれた言葉だろうが、俺からすればネイマールのフリーキックのようだ。
口の中で咀嚼していたご飯が粘土のように感じてしまう。
なんでいなりは的確に俺が言いにくい事を聞いてくるんだと思いつつ、まあ会話といったらそんな話題になるよねと、セルフ納得をする。
俺はご飯を上手く飲み込めずに言葉に詰まると、いなりは何かを察して箸を置き、俺を見つめた。
「……尋? 妾に隠し事はしないで欲しいのじゃ」
じーっと、見透かすように俺を見つめるいなりに、俺は観念する事にした。
コップに入ったお茶でご飯を流し込むと、まだまとめきれていないままに、俺は口を開いた。
「正直、なにから話したらいいのかわからないんだ。いろいろとありすぎてて」
「なんじゃ、遠慮なく言ってくれたらいいのじゃ。水臭いのじゃ。尋の悩みは妾の悩み。なんでも言っておくれ」
俺が話す事に迷ってる事をいなりに告げると、いなりはなんだそんなことかと言わんばかりににこりと俺を安心させるかのように微笑みかけてくれた。
さすがは神様。その聖母のようなあたたかな笑みのおかげか、話す事に迷う気持ちがすっと抜けた気がした。
俺は意を決して、話さなければならない一つ目を告げる。
「実は、まず仕事場の後輩に告白された」
まずは仕事の事から話しはじめる。もう一つの話は長くなりそうだからな。
それに、整理がついた事とはいえ、先程聞かれてすぐに答えられなかった以上説明しておいた方がいいだろう。
いなりはと言うと、ふっと先程までの聖母のような笑みが消えて感情を無くしたような顔になった。
「ふ、ふふふふふ、ふーん。そ、そそそ、そうなのかー。ひ、ひひ、尋はか、カッコいいからのう。も、ももも、モテるのもわかるのじゃ。む、むしろ魅力に気付くとはそやつ、やるのう。と、ところで、断ったんじゃろ?」
いなりは、先程までの俺と同じくらい動揺しているようだ。何気なくポンと投げた俺の一言で。




