いなりの隠し事
今日はいろいろな事があった。ありすぎるくらいに。
阿佐の事、夢の事、夢からわかったいなりの事。
帰りの車を運転しながらぼーっと考える。
まったくもって整理はできてない。一日で消化するにはボリューミーだ。
交差点を赤信号で止まる。切り替わりを眺めながら、今日の事をいなりに話すべきかを考えてみた。
阿佐の事はまあ言わなくてもいいだろう。だけど、いなりと過去に出会ってる事は言うべきか?
あえて言わなかったのか、忘れてるのか。なんとなく聞くのが怖い。
あと、少しだけ引っかかる事もある。
夢の事を調べる度に、いなりの事を知っていくのだ。
俺はなんの夢を見たかは思い出せないけれど、いつも少しだけ覚えている事がある。
なにかを伝えようとしているのかもしれない。
一体何かはわからないけど、いなりがなんで俺と過去に会ってる事を言ってくれなかったのか、夢の続きでわかるかもしれないな。
信号が青に変わり、俺はアクセルを踏み込む。
時速四十キロの超のんびりとした運転をしながら、いなりに報告するか否か、ゆっくりと考え続けた。
そして、自宅の駐車場に車を止めてなお、どうしようか決めかねている俺がいる。
あれだけ考えてなお答えが出ないなんて、なんて俺はヘタレなんだ。
あまりのヘタレっぷりに自分に対してため息をつきながら、車から降りた。
いなりの顔を見て考えよう。
俺はアパートの玄関の鍵を開けて開くと、その考えようと思ってた顔がすぐ目の前にあって思わず仰け反った。
今日は実家から出る前にラインしたから、怒ってはなさそうだ。
「た、ただいま」
「おかえりなのじゃ!」
若干たじろいでいる俺に、それはそれは良い笑顔で出迎えてくれるいなり。
一点の曇りもないその笑顔を見て、俺はいなりと過去に会った事を聞くのを躊躇った。
この嘘偽りない笑顔。に、見える笑顔。でも、俺に会った事を隠してる。……なんで言ってくれなかったんだろう。
聞きたい。聞きたいけど、怖い。
何も言えずに葛藤していると、いなりが不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
「尋、どうしたのじゃ?」
「え? あ、いや、なんでもない」
心配そうないなりに、俺は慌てて取り繕うといなりはホッとしたように微笑んだ。
「良かったのじゃ。なにもなく、無事に帰ってきてくれて妾嬉しいのじゃ。尋の帰りを今か今かと待ちわびて、足音が聞こえたからすっ飛ぶくらいに。一日千秋じゃな」
「ははっ、嬉しい事を言ってくれるな。照れるぞ?」
「ふふふ、いつも照れさせられてるからのう。お返しなのじゃ」
いなりは悪戯っ子のように口元に手を当ててにひひと笑い、俺もつられて笑う。
いなりに聞きたい事を聞けない事がもどかしいけど、今は、今だけはこの幸せを感じていよう。
勇気が出たら聞こう。
自分のヘタレを胸にそっとしまって、俺はいなりの頭を撫でながらリビングへと向かっていった。




