妻が神様でも構わないですよね
こんな妻が欲しくなりますね。
突然現れたいなりを家に招き入れダイニングにあった椅子に座らせる。
いつか彼女が出来て同棲した時用に購入したダイニングテーブルセット。
無理して三万で買ったが、役に立って良かった。
ちょこんと椅子に座るいなりさんを横目で見つつ、洗面所へバスタオル取りに向かう。
結婚式の引き出物でもらった良い奴にしよう。
洗面台の下の奥にしまっていた箱からふわふわで真っ新なバスタオルを手に取り、はたと頭に一つの邪な感情が浮かんだ。
今からこのタオルであの子が身体を拭くのか……!
邪な感情を抑え込むように生唾を飲み込む。
いかんいかん、そういうのは良くない。邪念を捨てなさい。
俺はブンブンと首をふると、心頭滅却。
母親の笑顔を思い出して洗面所を後にした。
「お待たせしました。バスタオル使いますか?」
「おお、気がきくのう。流石は旦那様じゃ」
バスタオルを手渡すと、いなりさんは屈託のない笑顔で受け取った。
なんて純粋無垢な笑顔だろう。ちょっとでも邪な感情を持ってしまった自分が恥ずかしい。
自分の感情を猛省してる俺を尻目に、いなりさんは上着をたくし上げて身体を拭きはじめた。
瞬間に白い肌のお腹が姿を現して、水滴が微かに吸い込まれていきそうな小さなおへそに目が行く。
ダメだ、天然で誘ってやがる。
眼福なへそチラを眺めつつ、自分の頬をビンタしてさらに心を落ち着ける。
クールになれ。クールになるんだ。
だが、いきなり頬を叩く俺の姿を奇行と捉えたのか、いなりさんが訝しげな視線で見つめてきた。
「旦那様、何を急に?」
「気にしないでください。自分を戒めてました」
「そうかの? まあ、旦那様がそう言うなら」
俺の説明に納得したのか、いなりさんは特に気にする様子もなくバスタオルを上着の中にいれて身体を擦る。
自分を戒めた俺だ。絶対大丈夫。
「うー、下もビショビショじゃ」
いなりさんはバツが悪い顔をして、お次は袴をたくし上げる。
水の雫が伝うその白く細い足が艶めかしく照り、思わず唾を飲み込んだ。
足元に落ちた水滴も、いなりさんの足元を伝ったかと思えばそれだけでエロい。
邪念が頭を覆った瞬間、俺はまた自身を戒めるべく頬をビンタ、いや、殴った。
「拳!? いやいや、ほんとどうしたのじゃ!?」
「はっはっは。ちょっとセルフエスエムの時間だったので」
「なんなんじゃその時間は!」
己の頬をビンタではなく拳で殴った俺を見て、いなりは驚きの声を上げる。
俺は動揺のあまりろくでもない事を口走り、いなりは全力でツッコミをいれた。
確かに強めに殴ってたからいなりさんが動揺するのもわかる。
口の中に鉄臭い匂いが広がっているし、口腔内がしみている。多分、切ってしまっただろう。
「いや、ほんとちょっと動揺してしまって」
「動揺? 妾が来たせいかのう?」
俺が誤魔化す為に弁明すると、いなりが不安そうに尋ねてきた。
いや、それもあるけど今は違う。
あなたがスケベすぎるからです。とは言わないし言えない。
「まあ、驚きましたよ。未だに信じられないですもん。えーと、稲荷神社の主人でしたっけ?」
「そうじゃ。稲荷神社の主人で、狐の神様じゃよ。証拠はこの耳じゃ」
いなりさんはドヤ顔で耳をぴこぴこと動かして、アピールする。
犬耳と思ってたけどお稲荷さんなら狐耳かな。髪色と同じで金色の毛並みでもふもふしてるなあ。
「ふぁ……。だ、旦那様、くすぐったいのじや……」
「あ! す、すみません」
もふもふにつられて思わずいなりさんの耳を触ってしまい、いなりさんは色っぽい吐息を漏らす。
その声に動揺しつつ、もふもふで温かなその耳は作り物でもなんでもない生き物の温かみを感じた。
いなりさんの耳は、耳飾りでもなんでもない紛れも無い本物だろう。
つまりだ。少なくとも人では無い。
「そ、その、触る時は事前に言っておくれ。旦那様なら触っても良いからのう」
だからどうした、可愛いは正義だ。
俺の脳はいなりさんが人外である動揺よりも、あまりにも可愛いその姿に心を撃ち抜かれ続けている。
「ほ、本当でふか?」
動揺のあまりに噛んでしまう。流石童貞。しまらない。
「当たり前じゃ。旦那様には身も心も捧げるぞ。それが妻という者じゃ」
「はえー。そうなんですね」
いなりさんの説明に口を開けて納得する。成る程なあ、素敵な関係性だ。
「そして、旦那様も妻に身も心も捧げるんじゃぞ?」
「もちろんです!」
逆も然りだなと納得し、俺は身も心も捧げると元気の良い返事をする。
それを聞くや否や、いなりさんはニヤリと笑った。
ぞくりと背筋が凍る。まさか、身も心もというのは、俺の命をご所望なんじゃ……。
俺の不安を他所に、いなりさんはだんだんと顔を赤くして、蚊の鳴くような声で呟くように言った。
「じゃ、じゃあ好きって言って欲しいのじゃ…」
「大好き!!!!!!!!」
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