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いなりに弄ばれる

「おっふろ、おっふろ、一緒にお風呂なのじゃ〜」


 いなりは、脱衣所で自作の歌をご機嫌に歌う。


 それとは対照的に俺の心臓はあっぷあっぷしていた。


 バクバクと鳴り止まない心臓は俺の胸骨を破り、皮膚を破り、今来ているお気に入りのロンTすら破り飛び出していきそうだ。


 落ち着く為に息を深く吸い込み、同じだけ吐く。


「さあ、入るのじゃ」


「ふおおおお!?」


 勢いよく、いなりは今着ていた黒いTシャツを捲り上げ、揺れる程大きな胸と、黒いブラジャーを露わにする。


 俺は変な声で叫び、両手で顔を隠した。


 これ、立場が逆じゃなかろうか。


 指の隙間からチラリと見える黒いレースに目が離せない。


 いなりの白い肌に、黒が映えているのがなんとも艶めかしい。


 いなりは俺の視線に気付いたのかくるりと背を向けると、ニヤリと笑って振り向いた。


「ブラジャーを外してくれるかのう?」


 いなりのその、たった一言の破壊力たるや。


 日曜日まではさらしを巻いていた奴とは思えない台詞だ。


 いなりは右手でその金色の髪を避ける。


 髪に隠れていた背中は、ブラジャーの紐が占めついて少し赤みがかっている。そして、その中央には三連並んだホック。


 外せば露わになる真っ白な肌を想像して、鼻の奥が熱くなった。


 震える手を伸ばして、ピタリと手を止める。


「いやいやいや、考えたら一緒にお風呂は了承したけど、ここまでは了承してない」


「チッ。ヘタレめ。惜しいところじゃった」


 冷静になって手を止め、最後の最後にヘタれる俺にいなりが悪態をついた。


 策士だな、いなり。危うく体育座りするところだった。


 いなりはブー垂れながらブラジャーを外すと、バスタオルを巻いて、下も脱ぎ始めた。


 チノパンが床に落ちて、その上に黒い布も落ちた。


 ……男らしすぎて視線を逸らす暇すらなかったけど絶対ショーツだろう。


 何も気にする様子のないいなりと、顔を真っ赤にする俺。


 本当に、立場逆じゃないのかと思う。


 いなりは自分が脱いだ服を全て洗濯カゴに突っ込むと、風呂場の扉を開いた。


 ようやく入ってくれるか。


 俺は安堵するとともに、心臓が落ち着いたら俺も続いて入ろうと思った。


 そう思った矢先だ。俺の顔に衝撃が走り、目の前が一瞬暗くなった。


 慌てて顔に手をやり、思わず何かを掴んだ。


 ほんのり温かなそれは、黒くて大きくてレースが特徴的だ。


 ……俺の手には、ついさっきまでいなりがしていたブラジャーがあった。


「えええええええ!?」


 慌ててブラジャーから手を離す俺に、いなりは悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、ブラジャーを拾った。


「妾の温もりを感じたかのう?」


 たった一言言って、ブラジャーも洗濯カゴに突っ込んだいなりは風呂場へと入っていった。


 俺はただただ弄ばれて、熱が冷めるのに二分ほど消耗するのであった。

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