怒るいなり
自宅まで辿り着いた俺は、未だに既読のみのいなりのトーク画面を見て、少し怯えながら鍵を開ける。
少しおぼつかない手取りでドアノブを開いて、玄関の明かりをつける。
「遅い!」
「おわっ!」
明かりをつけた瞬間、目に涙を溜めたいなりが、腰に手を当てて立っていた。
俺は、暗闇から急に現れたいなりに驚き仰け反る。
電気もつけずに待ってたのか。
「昨日より遅かったから心配したのじゃ! なんで連絡の一つも入れてくれないんじゃ! 何の為のスマホなんじゃ!」
いなりは抗議するように俺の胸辺りを叩きながら不満をぶつけてきた。
痛くないように控えめな攻撃だが、涙を滲ませながらのいなりの攻撃は心に効いた。
これだから彼女が出来たことがない奴は。
自分の無神経さに申し訳なくなる。
「ごめんな、確かに連絡くらいすれば良かった。失念してたよ。本当にごめん」
「やだ、許さないのじゃ! 今日はもうぜーったいに許さない!」
いなりは頬を膨らませて、俺の服の裾をギュッと握りしめて、涙目で俺を睨んだ。
そりゃそうだよな。ただ謝って許してもらうだなんてむしがいい話だ。
俺はいなりに許してもらう為にどうしたらいいか考えて黙り込む。
「……お風呂」
「え?」
いなりがポソッと呟く。
俺は言った意味が分からず聞き返した。
お風呂?
「……一緒にお風呂入るのじゃ。それで、許す」
……願ったり叶ったりだけど、そんなんで許してもらっていいのかな。
いや、恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど、嬉しいのは嬉しい。
だが、いなりの目を見るに真剣だし、一緒に入ることを承諾すれば許してもらえそうだ。
「わかったよ、入ろう」
「本当じゃな? すぐ上がっちゃダメじゃからな?」
「ああ。もちろんだ。なんなら背中も流す」
「! い、言ったな? 絶対じゃからな?」
もうお風呂に一緒に入るとなればなんでもしてやる。
そんな勢いで一緒にお風呂に、背中を流す事も提案する。
いなりは目の色を変えて、涙を擦ると、念押しするかのように俺の目を見つめ問いただした。
俺は背中を流す事を了承し頷くと、いなりの涙顔は晴れていき、笑顔を見せた。
「だったら、今回については許すのじゃ」
太陽のような笑顔になったいなりに、内心ホッとする。
よかった、機嫌が直った。
「ただし!」
ホッとしたのもつかの間、いなりはビシッと俺を指差し、俺は硬直する。
なんなんだ?
「次はないのじゃ。ちゃんと帰るときは連絡。遅くなる時は連絡。心配しちゃうのじゃ、ちゃんと教えておくれ」
「ああ、わかったよ」
いなりに仕事の後に連絡する事を念押しされて、俺は承諾する。
むしろ泣くほど心配させてしまったんだ、言われなくても気をつけるくらいだ。
いなりを泣かせたから、反省。いや、猛省だな。猛省する。
「わかればいいのじゃ。じゃあ、ご飯できてるから一緒に食べよう」
いなりは俺の返事を聞き、納得したように頷くと、ダイニングの方へ向かっていった。
……あ、いなりに買った服渡すの忘れた。
リュックに眠る渡しそびれたいなりの服、いつ渡そうか。
お風呂上がりにでもいいか?
渡すタイミングをぼんやり考えながら、いなりの後ろを付いて行き、良い匂いがする方へ向かって行った。
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