それは私と魔魔王
これは、パラレルワールドのお話。
閑古鳥がなく、平日十五時。
フクリはいつも通りスッカスカで暇を持て余していた。
まあ、私自身が売り上げを重要視してないなら特に気にもしてないのだが、暇すぎる事が辛い。
こんな時にいなりが来ないかなと、私は欠伸を一つこぼしてレジカウンターで頬杖をついた。
暇な事はいい事だと思う。仙人修行の時はずっと忙しかったし。
あの時は特に忙しかったなあ。
……忙しかったというか、疲れたというか。
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「おー、たまちゃん! 人化最高してるのじゃ!」
「ほ、本当か?」
「うむ! でも流石に裸はいかんのう。妾の替えで申し訳ないのじゃが、これを着るといい」
人化の術を練習し続けて、やっと人化に成功した日。
私の成功をいなりは手放しで褒め、我が事のように喜んでくれた。
だが、返信直後は全身を覆っていた毛がなくなり、つるつるとなった私にいなりが替えの服を差し出した。
神様のものを受け取るのも躊躇ったが、せっかくの行為に甘えて、私は受け取ると、紅白の巫女服に身を通した。
「おお、似合っておるのう。仙人になる者じゃからな、威厳が溢れるぞ。なにせ、妾とお揃いじゃからな」
「いなりとお揃いか。ふふ、嬉しいなあ」
いなりの屈託のない笑顔につられて笑う。いつも大変な修行が、こんなにも嬉しいものになるなんて。
二人して微笑み合う。そんな和やかなムードをかき消すかのように、轟音がすぐ近くで鳴り響いた。
鳥達が一斉に飛び立ち、鹿や、猪や、猿や、狸までもが悲鳴を上げているのが聞こえる。
「あっちなのじゃ。行ってみよう」
いなりは轟音のあった方向を指差して、山の奥へと走って行った。私はそのすぐ後ろを追いかけていった。
木々が生い茂る獣道を目立つ巫女服で駆けていく私といなり。
あちこち擦れていくが、そんな事もおかまいなしにズンズンと進んで行くと、なにやら四角い箱が地面に突き刺さっていた。
箱のサイズは今の私が四人版くらい入りそうなサイズでそこそこ大きめ。色は全体的に白色で、てっぺんのところには半月状のなにかが乗っかっていた。
「……あれは、なんじゃ?」
いなりが四角い箱に向かってぼそりと呟いた。
いなりがわからないなら私がわかるわけないじゃないか。
私は頭をひねり、見た事もないそのなにかをじっと見つめると、四角いなにかの一部が突如開いて、女性が二人飛び出した。
「いったあああい! 死ぬとこよ! いや、結婚もしてないのに死ねるか! テトラ、ここどこー?」
「ここは、地球というとこ。ママの願望を実現する為に重要な役割を担ってるみたい」
一際うるさい声で叫び、なにやらツッコミを入れている女性。ママと呼ばれているのに結婚してないというのはどういう事だろう。
もう片方はとても小さく、青色のツーサイドアップの綺麗な髪が特徴的な女性。テトラと呼ばれていた。
「私の願望叶うって、あてになるの?」
「そこは大丈夫。私の開発した魔導知能に基づいてママの運命の出会いがあると導き出されたのだから」
「本当ね? なら、この魔導ロケットに乗って来た甲斐があったわ。こんな雑に落ちてった時は死ぬかと思ったけど」
「雑に落ちたのは事故。むしろまずは修復させないと帰れない」
「えっ?」
ママさんは、テトラさんの言葉に硬直している。
内容は良くわからないけどら良くはない状況のようだ。
テトラさんの表情はあまり変わってはいないが、ママさんはみるみる青ざめた。
「そんな、こんな異郷の地で私死んでくの? まだ結婚も出来てないのに! ……でも、導かれたって事はここで結婚するのかしら。いや、ダメよマリナ。マリアージュ孤児院に待ってる子達が。でも、運命の出会いが……」
ママさんは表情をコロコロ変えて、時に焦ったように、時に嬉しそうに悩んでる様子。
まあ、悪い人ではなさそうだ。ちらりといなりを見やると、同じ考えに行き着いたようでこくりと頷いた。
「あのー、大丈夫ですか?」
「!? ……は、はじめまして。大丈夫です」
私が声をかけると、ママさんは驚いた顔で返事を返した。
「て、テトラ! 地球の方よ! なんで言葉通じてるの?」
「ママ、落ち着いて。私の開発した万能翻訳機が作動してるから。それにこれはラッキー。どうやら、あの子がママの運命の人だから」
「え!? 嘘嘘、誰よそれー! どこにいるの?」
「あそこ」
テトラさんは、ママさんの運命の人と言って真っ直ぐ指差した。
その指の先には、いなりが。
「え、妾?」
いなりは、キョトンとして自分を指差した。
私の解釈がおかしくなければママさんは女性だ。ほして、いなりも女性なのだが。それなのに、運命なの?
ママさんは現状を理解したのかワナワナと震えて息をめいいっぱい吸い込むと、発散するように叫んだ。
「女かよ!!!!!!!!!!」
でしょうね、その叫んでる気持ちはわかるよ。
私は今にも血涙を流しそうなママさんに同情の視線を送った。
「……えー、ママが取り乱してすみません。そして、大変失礼しました」
十分かけて、ママさんをなだめたテトラさんが深々と頭を下げて私といなりに謝罪する。
ママさんは自己嫌悪に陥ったのか、スカートなのも気にしないで地面に体育座りで座っている。
「まずは、自己紹介から。私はテトラ。こことは違うとこから来ました。そして、この人はマリナ・マリナージュ。私のママです」
「こちらも自己紹介じゃ。妾はいなりじゃ。よろしく頼む」
「私は珠子。こちらこそよろしくお願いします」
テトラさんの紹介を受けて、私といなりも自己紹介を返した。
ママさん改めマリナさんは、いじけたようにのの字を地面に書いており、復活まで時間がかかりそうだ。
「そういえば、いなりを運命の人と仰っていましたよね? あれはどういう事なんですか?」
マリナさん復活を待つまでの間、私は気になっていた事を聞く事にした。
実際、いなりを運命の相手としているなんて面白そう過ぎて聞き逃せない。
「ああ、それはですね。ママの将来絶対的に必要な運命の出会いがあると私の開発した魔導知能に導かれたのです。計算上はほぼ百パーセント正しいはずなのですが、まさか女性の方とは」
テトラさんにとっては予想外の結果だったようで、信じられないと言いたげに説明をしてくれた。
要は、マリナさんといなりが運命の出会いを果たすというお告げがあったという解釈でいいのだろう。
……とすると、間違ってないのじゃなかろうか。
今の話を聞けば、なにもいなりを運命の相手とは言っていない。運命の出会いがあると言っているだけだ。
それに、マリナさんの言動から察するにあの人は未婚。しかも結婚願望バリバリの未婚だ。なら、まさにいなりはうってつけじゃないか。
「間違ってないんじゃないですかね? いなりは、縁を結ぶ神様です。お祈りを捧げる事で、運命を結ぶ事が出来るはずです」
「そ……」
「それを早く言ってよ! あー、安心した!」
私は、マリナさんとテトラさんが誤解している部分を説明して誤解を解いた。
テトラさんは納得して頷くのを遮るように、元気回復したマリナさんが豪快に笑って立ち上がった。
三者三様にジトっと睨むと、マリナさんは思わずたじろいだ。
「な、なによ! だって、焦ったんだもん」
言い訳の言葉を言うマリナさんに、何も言わずに私達は睨み続けると、観念したようにマリナさんは頭を下げた。
「ごめんなさい。突然失礼すぎました!」
「うむ、間違いを認められるのは素晴らしいのじゃ」
いなりは謝るマリナさんに対して偉そうに肩をポンポンと叩いた。
いや、いなり、お前明らかにあの人より年上だろう。失礼すぎなんじゃ……。
「誰か、私の年齢について考えてる気がする」
マリナさんが、なんか怖い顔で私達を見渡した。確かに年齢の事考えたけどなんでわかるんだよ!
少しだけマリナさんに対して戦慄を覚え、マリナさんの年齢を考えないよう必死に思考を晒した。
「とりあえず、ママはこの人達と話してて。運命の人なら話したい事もあるでしょ? 私は魔導ロケット直してるから」
テトラさんは、マリナさんを押し付……コホン。マリナさんに私達と話すよう告げて、魔導ロケットという四角い箱の中に戻っていった。
残ったのは、はちゃめちゃに目をキラキラと輝かせてる私達とマリナさん。その目が私を結婚させてくれるんだよな? と語りかけている。
もう目がうるさい。
「で、私は何をすればいいのかしら? この際結婚出来るならなんでもするけど?」
「そうじゃのう、結婚出来ますようにと心から祈る事をじゃな」
「本当ね? 結婚出来ますように。結婚出来ますように。結婚出来ますように……」
ギラギラと目がうるさいマリナさんは、声もうるさく興奮気味にいなりを問い詰めた。
いなりは腕を組みながら偉そうに何をしたら良いか告げると、マリナさんはそれはもうどえらいスピードで呪詛のようにブツブツと呟き始めた。
「……な、なあ、いなり。大丈夫なんだよな?」
「ん? 何がかのう?」
「あの人の縁だよ。結べるのか?」
必死の形相で祈り続けるマリナさんに聞こえないよう、ぽそりといなりに耳打ちする。
縁結びの神とマリナさんに教えたのは私ではあるが、ここまで必死な人だともし万が一効果がなかったりするとまずいんじゃと、今更怖くなってしまった。
だが、いなりは私の心配をよそに、なんだそんな事かと呆れたように笑った。
「大丈夫じゃ。悪い人なら縁を結びたいとは到底思わなかったが、マリナさんの為にここまでする子供もいるような人じゃ。妾の縁結びの神としての威厳をかけて、絶対に結ぶのじゃ」
それは自信たっぷりのドヤ顔で、いなりは絶対的な自信を持って言ってのけた。
根拠としてはペラッペラのコピー用紙程の薄さしかないのだが。でもどうしてだろう、神様がそんな事言うのであれば大丈夫な気もする。
それに、いなりの言う通りマリナさんの為にあのテトラさんは魔導知能で運命の相手を探し、魔導ロケットでそこまで飛び、魔導翻訳機でその相手が誰であろうと話せるようにしている。
そこまでしてあげたいと思うような人なんだろう、マリナさんは。口こそ悪そうだが、優しい人に違いない。ただ、婚期が遅れてるだけだ。
「はい、お祈り終わり! これで結婚出来るよな! なっ!?」
「ぬおっ!? ま、マリナさん、落ち着くのじゃー!」
……優しい人に違いない。目が血走っているけど。
必死の形相でいなりの肩を掴んで、必死にいなりに問いかけるマリナさん。
いなりの首はグラングラン揺れ、目を回しているようだ。
ダメだ、私では止められない。どうしよう。
今にもカビが取れそうな程揺さぶられているいなりを助けたいが、助けられない自分が歯痒い。
どうしよう。そう悩む私に、救いの手が差し伸べられた。
「ママ、直った。これで帰れる」
魔導ロケットからひょっこり顔を出したテトラさんが、サムズアップして直った事を告げる。
あなたが、神か。
本物の神様を差し置いて、今この場を救う一言を発したテトラさんが神々しく見える。
「あ、本当? よかった。私もちょうどお祈り終わったとこ。これで結婚出来るわ」
マリナさんは、パッと手を離していなりを解放した。
いなりはふらふらとよろめき、私はいなりの肩を支えた。
よっぽど揺らされたのか、いなりの目はぐるぐる回っている。どんだけ必死なんだ、あの人。
マリナさんはご機嫌にスキップしながら、魔導ロケットへと駆けていった。
「ありがとう、いなりさん、珠子さん。あなた達のおかげで、ママが嬉しそう」
「いや、私は何も。お礼ならいなりに言ってやってくれ」
ぺこりと私達に頭を下げたテトラさんに、目を回したいなりを指差して、感謝するのはいなりだけでいいと告げる。
今回はいなり大変そうだったし。
「ママ、私が目を離した隙にあの人になんかした?」
「い、いや、なにも。ただ、感謝に熱が入ったかも。その、ちょっぴりりいや、少しだけ? んー、かなり? ……とっても?」
テトラさんはジロリとマリナさんを睨み、マリナさんはたじろぎながら弁明をした。
その弁明もふわふわしており、だんだんと変化していった。
最終的には苦笑いを浮かべたマリナさんに対して、テトラさんは盛大にため息をついた。
「ごめんなさい、いなりさん。ママにはこっそりお仕置きしときます。ウォシュレットをビームに変えて置きますね」
「え? テトラ、今ビームって言った? ねえねえ、ビームっていった? まさかウォシュレットのやつ?」
「じゃあ、皆さんさようなら。本当にありがとうございました」
「え? テトラ無視? 怖いんだけど。ちょっと今後ウォシュレットのボタン全部ビームになるんじゃ……」
ご丁寧にぺこりと頭を下げて魔導ロケットに入り込むテトラさんと、不安そうに何度も何度も確認しながらその後に続くマリナさん。
ウォシュレットとビームがなにかわからないが、マリナさんのあの慌てっぷりから察するに、良くはないなにかをしようとしているのだろう。
一体なにをしようとしているんだ。
だが、その答えを知る事は出来そうにはなかった。
魔導ロケットが浮上をはじめて、あっという間に空の彼方へと飛んでしまったからだ。
ウォシュレットとビームという謎の言葉を残して。
「……すごかったな、色んな意味で」
「……そうじゃな」
デカすぎる嵐が去っていき、私がぽそりと呟いていなりは同意をした。
この日は修行した日々の中で最も意味のわからない疲れを味わった、そんな日だった。
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思い返せばほんと、とんでもない日だったよな。あの日は。
そして、人間の世で生活するようになってから意味を知ったが、ウォシュレットをビームに変えるって相当やばくないか?
マリナさんはやばい人だったが、テトラさんも大概やばいだろう。
あれから一回も会えていないけど、マリナさんは結婚出来てるのかなあ。
今でもあの必死の形相を思い出すと肝が冷える。
……どうかいなり、ちゃんと縁を結んでやれよ。じゃなきゃ、またあの人来るぞ。
「なんで私より先に結婚してんだ!!!!!」
とか言って。
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呪酢先生とのコラボです
さんじゅうから始める魔魔王生活 ~愛するあなたのために【ヒーロー】でも【アイドル】でもやってやります!~
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