ゆるふわ週末のおいなりさん
これは、パラレルワールドのお話です。
「いなりー、こんなもんでいいか?」
「うむ、そんな所で良い」
ある晴れた日のこと。稲荷神社と呼ばれるボロボロの神社の掃除を我が妻いなりとしている午前十時。
掃除をする人がいないので、ボロボロのままになってしまってるのを見かねて提案したのだが、少しでも綺麗になっていなりもご機嫌になっていく。
提案して良かったよ。
俺は拝殿の石畳に散らばった石を箒で払いながら、みるみる笑顔になるいなりを見てつられて笑顔になった。
……しかしまあ、参拝者が来ないなあ。せっかく土曜日だというのに。
縁結びの神社だけど、こんなオンボロ神社だと集まらないか。ご利益は俺が保証するんだけど。
あまりの参拝者の少なさに、俺はこの神社の行く末を心配してしまう。
「お兄さん、ここはなんという所ですか?」
「ん? ああ、神社と呼ばれるところだ」
お、ようやく参拝者が現れたようだ。
話してる言語は、どっかの国の言葉だ。確か、昔俺が中二病だった頃に勉強した言語だったんだけど、どこだったっけ? 見た目は外国の方っぽいし、その国から来たんだろう。
一人は紫紺に近い黒のミディアムヘアの男性。年齢は多分俺と同じくらいだろうか。
もう一人はアッシュブロンドの髪の女性。年齢的には十代半ばくらいだろうか。
年齢的に見れば兄妹での旅行かと思えるが、もしかしたら結婚してるかもしれない。神様と結婚するような奴がいるくらいだ。年の差婚だって全然ある。
俺は軽く会釈して拝殿から離れていくと、その兄妹のような二人もつられて会釈をした。
「お兄さん、やっぱり日本人というのはとっても礼儀正しいんですね。知らない人なのに挨拶しましたよ!」
「ああそうだね、バーミリカ。たまには向こうの事も忘れて旅行にと思ったけど良い気分だ」
男性の名前はわからなかったけど、女性はバーミリカというらしい。
二人は旅行者のようだが、俺が会釈しただけでこんなに褒められるとは思わなかった。なんとも気恥ずかしい。
「尋、ついにうちの神社もぐろーばる化が進んだもんじゃのう」
「ははっ、確かにな。一生に一度のグローバル化だろうな」
「む、失礼じゃなあ」
いなりが俺の隣に来て、ニコニコとお兄さんとバーミリカを見ながら感慨深そうに言った。
俺は茶化すように笑うと、いなりは抗議するように俺の頬をプニプニと押した。
「ね、お兄さん。あの二人夫婦かな。すごく仲良しさんだね。いいなあ」
「ん? バーミリカはあんなの憧れるのか?」
「それはもう、こう見えて女の子ですから」
「君みたいな図太い子を女の子という枠組みに含めてもいいのかな?」
「む、失礼な!」
なんだか言い争いを始めだしたお兄さんとバーミリカ。
話の内容的にバーミリカはお転婆なんだろう。お兄さんは女の子と言ったバーミリカに対して鼻で笑っていた。
「だいたい、俺の趣味を見て同棲したいなんて言える図太い神経の子を女の子とは言わない。変態という」
「あ、ひっどーい!」
お兄さん、どんな趣味してるんだ? SMか? 同棲してるみたいだけど、変態と呼ばれるような趣味だ、相当やばいに違いない。
若いのにお盛んねえ。に違いない。
「まあ、バーミリカが変態なのは置いといてだ。この神社というのはお祈りすれば願いが叶うらしい」
「へー! じゃあ、お兄さんの趣味の良き出会いを祈ったらいいんじゃないです?」
「そうだね。俺達の言葉で祈って伝わるかはわからないけど、大丈夫でしょ」
「じゃあ、早速お祈りですね!」
うわ、趣味の良き出会いを祈ろうとしてるぞこの人達。
確かに、いなりは縁結び。良き出会いを結ぶ神様だろうが、変な願いを結べるのだろうか。顔を赤くしてしまうんじゃないのか?
「いなり、お前ってその、エッチな願いを叶える事は出来るの?」
「な、なにを言っとるんじゃ! お天道様も出てるのに!」
「いや、あの二人の話してる内容的にな」
「え? その、エッチなお願いしようとしてるのかのう? ……む、無理とは言わないけど、その、恥ずかしい」
いなりはどうやらエッチなお願いを叶える事は出来るらしい。
だが、顔を真っ赤にしてるから叶えるのは躊躇うのだろう。つまり、いなりはむっつりすけべ。
自分の妻をすけべ認定して鼻で笑う。あの外国人さんを変態と言ったが俺も十分変態だ。神様をすけべ認定してしまったし。
「じゃあ、お祈りしようか。どうか、素敵な断末魔を叫ぶエモーショナルな犠牲者と出会えますように」
「どうか、お兄さんのそのカッコいい姿を見られますように」
………………は?
たっぷり時間をかけて、お兄さんとバーミリカのお願いを理解する。いや、理解してしまった。
こいつら、何を言いやがった?
背中に伝う汗の不快感を感じる。シャツが背中に張り付いて、気持ち悪い。
清掃で出たわけではない。このたった一瞬で出た汗。
「ふう。お願いが叶うといいなあ」
「そうですね。私もお兄さんのお願いが叶った瞬間をこの目で見たいです」
お兄さんもバーミリカも頭のネジが外れているみたいだ。
今、願ったお願いで、そんな笑顔になってはいけない。なれてはいけないぞ。
願わくば、何事もなく通り過ぎてくれ。
俺は出来るだけ悟られないよう、表情を崩さずに、そっといなりを庇えるよう少しだけいなりの前に出た。
お兄さんとバーミリカは拝殿にくるりと背を向けて、鳥居の方へ向かって歩いていく。
一歩一歩と歩いていく背中を見つめ、ホッと一息ついた、その時だった。
「日本の方。今のお願いを理解してるだろうか。他言をしないように。他言すれば、始末するよ。君も、君の隣の女性もね」
お兄さんが俺に向かって指差して、忠告してきた。
喋るなよ。そう念押しして、もう一度背を向ける。
「お、お兄さん、どうしたの?」
「いや、念の為さ。俺達の言語はわからないだろうけど」
どうやら、バーミリカの質問への返答的に俺が二人の会話を理解しているのはバレてはいないらしい。
よかった。ホッと一安心するとともに、膝が笑いはじめた。
お兄さんとバーミリカの姿が見えなくなった瞬間、俺は立っていられず、そのまま地面にしゃがみ込んだ。
「ひ、尋? どうしたのじゃ?」
「……いや、疲れただけ」
急にしゃがんだ俺に、いなりは心配するように寄り添ったが、俺はとりあえず誤魔化した。
本当の理由を言う事は出来ない。いなりにも、誰にも。
額に滲む汗を拭って、俺は頭を抑えた。
はい、コラボ企画です。
早瀬小鳩先生とコラボさせて頂きました。
【ゆるふわ週末スプラッタ。】
https://ncode.syosetu.com/n3682fi/
この度は企画にご参加ありがとうございます。