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家族の木  作者: 恋音
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THE FIRST STORY 真一と梨花 <醜聞>

最近、僕はちょっとした窮地に追い込まれていた。新しい仕事は激減してしまった。大学の講師の仕事も今年の契約は更新されなかった。講義の内容に問題があったわけではない。


原因は過去のスキャンダルだった。僕は長い間その女のことを忘れていた。思い出すと胸くそが悪くなるような嫌な経験だったので思い出したくなかった。


いまから8年前、僕は推理小説で小さな賞を受けた。しかし、その内容が僕の職場を刺激して退職せざるを得なくなってしまった。その職場とは警察だった。僕としては法的に問題ないレベルのことしか書いていないつもりだったがマークされる存在になったのは確かだった。居づらくなってやめてしまった。若くて職場のしきたりには鈍感だった。


作家として食べていけるはずもなく、いきなり職を無くして不安と不満に満ちた日々を送っていた。


とにかく日銭を稼ぐためにスナックでアルバイトをした。スナックのママに可愛がられて、誘われるままに関係をもった。といっても半年程度で終わってしまった仲だ。双方とも遊びと割り切っていた。交際というほどのこともなかったので別れたという認識もなかった。それぐらい、あっさりした関係だった。


問題は、その時にその女から金を受け取っていたことだ。その女は会うたびに高級な服や靴を買ってくれて、その服にふさわしい豪華な食事に連れて行った。週に一度ぐらい関係を持って、別れ際に金をくれた。要するにツバメとかヒモとか呼ばれる存在だったのだ。


その女は僕にいろいろなものを買うために、2,3人のお客と関係を持っていた。関係のたびに、なにがしか金銭を受け取るのだ。僕はそれを知っていた。それでも知らんぷりを決め込んで、その女に甘えた。


その女はスナックのオーナーの妻だった。女との関係が周りにも知られるようになると、店の別の女から退職金といって金を渡された。その日限りでその店にはいかなかった。そのあとは警備会社で働いた。


その女の夫は、その後亡くなってしまって結局その女がすべてを手に入れた。そして、もともと商売上手だった女はキャバレーの経営者して成功していた。


時々テレビの深夜番組に顔を出して自分の恋愛遍歴をあけすけにしゃべった。最近、ちょっと話題になっている作家との浮気話は、その女にしてみれば武勇伝のようなものなのだろう。それが僕の足を引っ張ることになっている。


自分が、スナックのママ時代にある作家といい仲だった。「さあ、ある作家とは誰でしょう?ヒントは元警察官!」という具合だ。そんなことは経歴を調べるとすぐわかる。


なんだ、あいつは正義漢面してスナックのママのツバメだったのかと一気に好感度を下げてしまった。


さすがに影響の大きさにおどろいた女は僕の名前を出さないまま沈黙を通してくれているが、もう後の祭りである。別に犯罪を犯したわけではないけれど僕の清潔な正義感っぽいイメージが大きく壊れてしまっていた。


僕自身が妾の子で、いいこともないままに成長した身だった。不倫を軽蔑していた。にもかかわらず世の中を拗ねてそういう関係をもった。今思っても胸くそが悪くなる。


このことは大阪の親戚にも聞こえていた。聡は心配して時々電話をかけてきてくれる。しかしママとオヤジ姉ちゃんからは何も言ってこない。普通ならいの一番にママから電話がかかってくるはずだ。


が、今度の話は女性から最も嫌われる話だ。やっぱり妾の子はだめだと思われているかもしれない。親族の恥だと思われているかもしれない。


とは、いうものの、そんなことが一回位あったからって、そんなに毛嫌いしなくてもよさそうなものじゃないか。と理不尽な腹立ちも湧いてきた。


父の代わりに僕を守ってくれるはずだった小さな仏像は、要するにただの金属の工芸品だった。そういうものを頼りにしていた自分がアホらしくなって、その仏像を書棚の一番上の棚に追いやってしまった。さすがに粗末に扱うことはできなくて、きれいに箱に戻して高級な風呂敷に包んだ。

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