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空想少年

作者: のあしおん

土曜日の昼時のレストランはピークを過ぎても客がダラダラといるものだ。斉藤晴彦もその客のひとりでドリンクバーだけを注文して店内の隅の席で結婚式場の資料を広げて、ある人を待っていた。

程なくして、入店の音が鳴った。

斉藤は顔を資料から離し、入り口を見た。視線の先には天野達也がキョロキョロとしている。

「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」と店員がたずねると「いえ、待ち合わせで」と天野は答えた。店員はどうぞ、と店内に天野を促した。

天野のキョロキョロとした顔が斉藤の座る席辺りを見たときに、斉藤は手を振った。

それに気がついた天野は少し微笑んで早歩きで斉藤の席に来た。

「久しぶりだな!」

斉藤のその声が懐かしく感じられたのか天野の笑みが増した。

「久しぶり!元気だった?」

「それなりにな」

天野は斉藤の向かいに座り、姿勢を正した。

「斉藤、この度はご結婚おめでとうございます」

「ありがとう」

かしこまった天野に斉藤は笑みを浮かべる。

「何か頼む?昼は食べた?」

斉藤はそう言うとメニューを天野に渡した。その動作を見た店員はハンディを取り出した。

「まだ。何か食べようかな」

天野は適当にメニューを開いて、目にとまったビーフハンバーグステーキを指差した。

「これ1つ」

「あ、じゃあ2つで。俺も食べる」

店員はハンディを器用に使いこなし、それが済めば「失礼します」と厨房へ戻っていった。

「ごめんな、休日なのに来てもらって」

「全然。斉藤こそ休みの日なのに忙しいな。幸せそうな忙しさだと思うけど」

天野は披露宴会場の資料を見ながら微笑んだ。

「結婚っていろいろと大変だなって思うよ」

「それにしても、斉藤が結婚とはね。そっちの資料も式場の?」

資料がテーブルに広げてあるので、天野は少しだけまとめてあげた。

「まあね。披露宴に誰を呼ぼうかなとか…」

「なるほどね。俺は呼んでもらえるの?」

「当たり前だろ、一番最初に決めたよ」

「ありがとう」

斉藤と天野の最初の出会いは中学2年生の時、同じクラスになったことがきっかけだった。斉藤はサッカー部、天野は陸上部と部活は違えど放課後は一緒に帰るほどの仲だった。

「式には他に誰を呼ぶの?」

「そう、それを相談したくて今日は呼んだんだ」

斉藤は手前の資料の中から式に呼ぼうと思っている友人知人の手書きリストを取り出した。

「とりあえず、会社の上司とかは決定じゃん?あとは友人なんだけどさ」

「あれ?斉藤ってどこで働いてるの?」

天野は斉藤の話を遮り、唐突に聞いた。

「え?銀行だよ。ほら、中学の頃よく遊びに行ったゲーセンあるじゃん?そこの近くの支店」

「あそこか!」

「そう。でね、中学の頃の友人を中心に呼ぼうと思ってるんだけど…」

そこまで言うと斉藤は口ごもった。

「斉藤、どうした?」

「全然連絡を取ってないんだ」

「どれくらい?」

「成人式以来」

「じゃあ、かれこれ8年くらいか」

「それに、高校も大学もみんな別々でさ、みんながどこに住んでるのかもわからないんだ」

その期間の長さを痛感すると斉藤の顔は曇った。

「いつも一緒にいた友達とも連絡は取らなくなってさ。天野は親友だから気軽に連絡できるし、偶然都合がついて今日会うことができたわけだが…」

そう言われた天野は椅子の背もたれにべったりと背中をつけ、腕組みをした。

「確かに。俺とお前ですら連絡を取ったのは久しぶりだな。久しぶりに連絡をして、その連絡が結婚についてなんて知ったら、みんな驚くだろうな」

「そこなんだよ。いきなり結婚式に来てくれってのは都合が良すぎるじゃないかって思うんだ」

天野は1つ息を吐き、座り直した。

そこに斉藤が畳み掛けてくる。

「それに、中学の頃ずっと一緒にいた天野でさえ、おれがどんな仕事してるかわからなかったじゃん?」

「確かに」

そう言われてしまえば返す言葉もなかった。

中学の頃は、毎日一緒に登下校して授業や部活を頑張った友達も今となっては、それぞれで自立して大人としての生活を送っている。もしかしたら、斉藤の知らないところで、すでに妻子ある友人もいるかもしれない。

「俺と天野の他にもさ、田辺とか櫻井とか望月とか一緒だったじゃん?」

「あー、懐かしい名前だな。よく一緒に帰ったよね。何回か同じクラスだったし」

田辺と櫻井はテニス部で、中学1年生の時に天野と同じクラスだった。斉藤は別のクラスだったが、休み時間に天野のクラスに顔を出すたびに2人とは仲良くなっていた。

望月は天野と同じ陸上部だった。少しヤンチャな奴で斉藤と天野と一緒に帰ると何かしらふざけては、帰る時間が遅くなった思い出がある。

「今思えば、天野のおかげで俺に友達が増えたって言っても良いよな」

「そうか?」

「みんな天野の周りにいてさ、天野を中心に盛り上がってた」

「そんなことないよ」

天野が少し照れ笑いをした。

「俺もその中の1人だったと思う。天野のおかげで」

「よせよ」

実際、それは確かなことだった。斉藤は積極的に友達を作りにいくタイプではなかった。反対に天野は交友関係が広くて、クラスの人気者のポジションだった。

「どう?田辺達とは連絡とってるの?」

斉藤は懐かしみも含めて天野に聞いた。

「うーん、俺もあんまり取ってないかな。大学生の時は頻繁に連絡してたけど」

「そうか」

マメに連絡を取る大事さを思い知ることになった斉藤は手書きの招待者候補リストをチラッと見た。

「俺が結婚するって聞いたらみんなどう思うかな」

「そりゃあ、祝ってくれるよ」

「あー、そんな奴いたなーって気持ちが勝ったらどうしよう…」

「そんなことないって」

天野の笑いも斉藤には気休めにしかならなかった。

「俺のことまだ友達だと思ってくれてるかな?連絡をしてこなかったってのはマイナスなわけだし、みんなもみんなで忙しかったりするじゃん?」

「それもわかるけどな…」

気まずい雰囲気を破ってくれたのは店員だった。先ほど頼んでおいたビーフハンバーグステーキが運ばれた。2人は空気を変えるとともに食事を済ませるために食器を手に取った。


食事を済ませると天野は本題に切り込んだ。

「それで、俺を呼んだの?」

「え?」

「だから、連絡を取らなくなった友達ともう一度会えるように、俺ならほかの友達と繋がってるかもしれないから頼ったってこと?」

斉藤は少しためらって口を開いた。

「まあそんなところではあるけど…。天野ってさ、中学の頃、他にも友達いたじゃん?」

「え?」

「ほら、頭の中にもう1人。空想少年」

そう言われると天野は顔を手で覆った。

「やめて、中2病だってそれ」

「いや、天野に連絡したのはそれもあるんだって!」

「どういうこと?」

天野は中学の頃の黒歴史を掘り起こされるのは勘弁だが、それが今日、斉藤と会う原因だと言われると話を聞かざるを得なかった。

「天野って、なんで頭の中に友達がいたの?」

「え?なんでって恥ずかしいんだけど」

「頼む、少しで良いから話してくれない?」

斉藤は真剣に天野の黒歴史に入り込んでくる。そんな斉藤に引けなくなった天野は頭の中の友達、「空想少年」について話した。




空想少年に出会ったのは、中学2年の時だった。きっかけは授業中のこと。天野は登校中の斉藤との会話を思い出していた。最近の音楽について、来週からテスト週間で部活が休みのこと、人気のゲームの攻略法などなど。

授業の内容などそっちのけで楽しいことだけを考えていた。

頭の中で、ハマっているゲームを再現し、自分の思い通りに操作した。自分の思い通りなのだから、必殺のコンボだとか効率の良い経験値の稼ぎ方が操作し放題。その優越感に浸ることで授業の退屈さをしのいでいた。

部活に関しても空想した。思い通りに新記録が出て、それを見た高校のスカウトが話しかけてくる。新記録を表彰され、学校では人気者になる。こんな空想がたまらなく心地よかった。

しかし、この快感を自分の中に留めておくことが難しくなってきた。それを斉藤や田辺達に話そうものなら変な目で見られることは間違いないのだけれど。なんとしても褒められたい、自慢したいと考えた天野は、友達を空想した。頭の中で自分の話し相手になってくれる友達、頭の中で一緒にゲームをする友達、そんな友達を空想した。それが「空想少年」だ。

それから空想少年と頭の中で一緒に遊んだ。もちろん、それは天野が授業中の時や斉藤達と一緒に帰った後などの1人になった時である。

ある時、空想少年と遊んでいる時が一番楽しい時期があった。

その時は斉藤達との約束よりも空想少年を優先したこともあった。付き合いが悪くなった天野に斉藤達が理由を問いただした。天野は仕方なく、空想少年の話をした。

案の定、笑われてしまった。

笑われたことに少しはムッとしたが、今いる斉藤達、友達との時間も大切だと気がついた。

それからというもの、高校受験や進学などの環境の変化で空想少年と遊ぶことはなくなった。次第に空想少年との思い出は中学の思い出とともに天野の頭の中で保存された状態になっている。




天野は話し終わると恥ずかしさが込み上げてきた。当時は真剣そのもので空想少年と遊んでいたが、今となっては恥ずかしい思い出である。

「空想少年は中学の頃だけの友達だったな。流石に今は空想少年はいないけどね」

「そう、それなんだよ。俺が言いたいのは」

斉藤が前のめりになった。天野は依然として腕を組んでいる。

「天野、俺は思ったんだよ」

「何を?」

「俺にとっても田辺達にとっても、中学の頃の友達は空想少年みたいなものなんじゃないかなって」

「どういうことだ?」

突然何を言いだしたかと思えば、斉藤は持論を展開し始めた。

「確かに田辺達とは友達だった。だけど今となっては連絡も取らなくなってしまった。これは、天野で言うところの空想少年みたいな関係じゃないか?」

天野は少し眉毛を曲げた。

「なんだそれ。わからない」

それならば、と斉藤は続けた。

「天野や田辺達との思い出は語りつくせないほどある。水の張った田んぼで遊んだこと、自転車で隣町まで遊びに行ったこと、部活帰りに駄菓子屋に寄って誰が奢るかでじゃんけんしたこと、たくさんある。でも今となっては違うだろう?環境も変わった。人間関係も変わった。だから友達も変わっていくんだ。あの時の友達は今の友達に上書きされて、まるで友達ではなかったかのように感じてしまうんだよ。俺の友達だった人は空想少年みたいな関係で、ずっと俺の友達でいることはないんだよ」

斉藤は今の田辺達に対する思い、友達という存在に対する疑問を天野にぶつけた。斉藤にとって、中学の頃の友達はその時を過ごすだけの友達と捉えているのだ。

「言いたいことは少しわかる。でもそれは違うと思う」

「なんでだよ」

天野は姿勢を正して、斉藤を見つめた。

「いいか、俺には空想少年という友達がいた。それは恥ずかしい思い出だけど、認めるよ。でもそれは、俺が空想少年を望んだからなんだ。友達が欲しいって、1人でいる時に斉藤達との思い出を寂しく感じる前に空想少年と会話をしてその寂しさを誤魔化していただけなんだ」

斉藤は真剣に天野の話を聞いていた。

「別に、斉藤達と一緒にいる時は空想少年は出てこなかったよ。だって俺が空想少年を望んでないんだもん。つまり…その…何が言いたいかって言うと、自分が友達と思っていれば、そこに友達はいるんだよ。別に喧嘩したわけでもない、恋人を奪ったわけでも家族を殺したわけでもないのにそう簡単に友達ってものは消えないと思う」

天野の力説に斉藤は少し慌てた。

「でも、みんなは俺のこと覚えてるのか?全然連絡も取らなくて。俺だけが友達だと思ってたらバカみたいじゃんか」

「じゃあなんで、結婚式に呼ぼうと思ったんだよ」

「え?」

斉藤の動きが止まった。確かにそうだった。その時限りの友達なら結婚式には呼ばないはずだ。

「斉藤、お前がみんなを結婚式に呼ぼうとしてるのは、これからもずっと友達でいたいからだろ?」

図星だった。斉藤は何も言えずに俯いていた。

「だから、その時限りの友達なんて言うなよ。ただ連絡を取ってないことを後悔して逃げてるだけじゃんか」

顔を上げない天野は追い打ちで、

「空想少年って、俺が望まなきゃ存在も消えてしまうんだよ。もし、田辺達が空想少年だとしたら斉藤が望まなきゃ友達として現れてくれないかもな」

そう言うとスマホを取り出して、なにやら操作した。

斉藤のスマホから通知音がした。斉藤はスマホを確認する。

「田辺達の連絡先。いま、久しぶりって一言送ってみたら?」

斉藤は少し躊躇いながらもスマホを操作した。

「大丈夫、斉藤のことをみんな祝福してくれるよ」


すると、斉藤のスマホが鳴った。

斉藤は天野と一緒にその連絡を確認した。


そこにはこうあった。


久しぶり!!元気だった?

斉藤から連絡なんて珍しいな!

どうした?飲み会の誘い?それだったらいつでも予定空けるよ!!中学の頃の思い出でも話そう!

俺もいろいろ話したいこととかあるから、どうせなら中学の頃のみんな集めて飲もうや!




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