第68話「さて、この絵は何をしているところですか?想像してお話を書きましょう」
今、瞼の裏に映し出されているのは他愛もない日常風景のようなもの。
いや、また、嫌な記憶に切り替わり始めた。
失恋記憶。
体験していないはずの交通事故の記憶。
怪我をした記憶。
嫌な記憶のオンパレードだ。
僅かでも意識を「今」へ向けることを止めるとすぐにこうなるらしい。
制御は簡単ではない。
再び「今」、つまりはその代表である「呼吸」に注意を向ける。
しかし、雑念というやつはなかなかにしつこい。
どうしても今必要のない情報が勝手に引き出されてくる。
邪魔だ!
脳内で罵っても意味はない。
やるべきことは変わらない。
すなわち「今」に注意を向けること。
「過去」でもなく「未来」でもなく。
僕はゆっくりと呼吸した。
いや、ただの呼吸だ。
それに意識をむけるだけだ。
いつもと変わらない呼吸だ。
勝手に浅くなったり、深くなったりしていないだけの呼吸だ。
やっと呼吸に集中できた気がした。
だんだんと映像が変わっていく。
そして、あるものを鮮明に映し出し始めた。
これは確かに見たことがある。
いや、やったことがある。
あまりうまくはいかなかったが。
あの記憶が今現れ、そして、現実と重なり合う。
僕は目を開けた。
まだ立っていた。
鉄槌はまだ脳天にあった。
あれから時間は経っていないらしい。
痛くなく、意識ははっきりしている。
精神が肉体を超越したのだ。
そして、意味不明な言葉が僕の口をついて出た。
「さて、この絵は何をしているところですか?想像してお話を書きましょう」
エイタの意味不明な言葉は何を示しているのか?