第59話「お前たちは包囲されているぞ。八十八人のデバイサーにな」
凄まじい発想だ。木材谷マサオミの言っていた教諭兵組織の最適化の話を思い出す。彼の言う「無能な人間」の多くは弱い立場に置かれている人々ということができるだろう。それを切り捨てようというのだ。
いつの時代にも強者の論理があり、弱者の論理がある。
多くの場合、強者は弱者を糧にしたがる。それを常に正当化しながら。
強者の側の人間は数値を根拠に『エビデンスがある』としながら、『努力は遺伝に勝てない』などといった論理を展開し、努力することを無価値に見せようとする。努力されて弱者に這い上がられては困るからだ。自分の地位が脅かされかねないからだ。
自分の地位を維持するためには弱者には弱者でいてもらわなければならないのだ。
この発想こそ悪の根源。
絶対に許せない。
「私に人質の価値はない。好きにしろ。更に言うなら、お前たちに情報がいくら漏れても問題はない。我らの人工知能はそれも想定済みであるし、どんな情報が漏れたとしてもお前たちの力ではどうしようもないからだ」
嘘だ。
僕は頭が沸騰するのを感じながら胸中で断じた。
彼が饒舌なのは不安を押し殺すためだ。
僕の知る元彼女の父である彼は寡黙な男だった。
「それから、彼はベリーの存在を知っていた。だから同じくZAINA所属の部下である新美トモエを使ってお前たちを監視させていたのだ」
この饒舌さは目に余る。これがこの男本来の性格なのかもしれないが。
「じゃあ、遠慮なく利用させてもらおう」
僕は言った。
「何か策があるのか?」
池海さんが問う。
「そんなものはありません」
僕は策士ではない。
「ですが」
僕は端末を握りしめた。
「倒すべき者がはっきりしました」
最優先すべきは人工知能「MASAOMI」の抹殺である。
そのために人質を最大限に利用する。
まず、小野澤の端末を利用して送り付けたのはメッセージである。
内容は『小野澤キヨシは預かっている。明日午前七時に一人だけで、むさし会館第三駐車場に来い』である。
シンプルだが、明確で分かりやすいだろう。
木材谷マサオミと小野澤キヨシはどうやら旧友であるらしいが、それとは関係なく、同盟関係がある。この状況で小野澤を殺されたら困るはずだ。
僕が今いるLGAのアジトは廃校となった旧むさし中央小学校だった。むさし会館も武蔵県庁も目と鼻の先である。武蔵県庁の中に教諭兵の中央司令部、つまり武蔵県教育総司令部がある。
もう、冬の様な冷気が立ち込める中、僕たちは全員でむさし会館駐車場を目指した。時刻は六時三十分である。
加藤と池海さんが小野澤を拘束しながら駐車場の中央で待ち、僕と井下さんはむさし会館の建物の陰で待機することになった。
時計を見たら時刻は〇六四〇時だった。
僕は物陰から周囲の様子を窺っていた。
そのまま何事もなく〇六五〇時を迎えた。
奴はまだ現れない。
いや、殺気が現れた。
それも多数だ。
「馬鹿め。お前たちは包囲されているぞ。八十八人のデバイサーにな」
小野澤が勝ち誇った。
とてつもない数のデバイサー。勝ち目はあるのか?