第53話「その通りです。貴方には助ける価値があった。山林軍の人間兵器、いや、戦略兵器であり、麻馬野城塞を実質一人で陥落させた男」
朦朧とした意識の中で、僕の脳内を支配していたのは、幾つかの思考だった。
なぜ弱者は虐げられなければならないのか?
なぜ、僕は敗北したのか?
仲間の死を受け入れられない。死は夢だったのではないか?
どう戦えば負けなったのか?
勝てるはずではなかったのか?
ベリーを復活させる方法はないのか?
これからどうすればいいのか?
だが、思考はまとまらない。
体は重い。
というよりも動く気すらしない。
だが、自分が死んではいないことだけははっきりと分かった。
心も折れたわけではない。
もう少しだけ休めば何とかなるはず。
そう思うが如何せん体は動かない。
指一本動かない。
僕は死んでしまったのではないか。そんな考えが頭をもたげてきた。
そして、意識が遠のき、再び鮮明さを取り戻してきた頃、僕は目を開くことができた。
久しぶりに開いた目には強烈な光。
そこはどこかの病室、いや、保健室か。
保健室のベッドに僕は寝かされている。
部屋には誰もいない。
僕は窓の方面を見てみた。
外は暗い。しかし、早朝なのか、夜なのかも分からない。
「田中エイタ氏ですね?」
部屋に入ってきた三十代らしき男性が僕に訪ねてきた。
「そうです。僕を助けて下さったのですか?」
「その通りです。貴方には助ける価値があった。山林軍の人間兵器、いや、戦略兵器であり、麻馬野城塞を実質一人で陥落させた男」
僕は有名になったらしい。一人で陥落させたわけではないが。
「私は池海ケンジ。職業はフリーターでLGA、通称のメンバーです。LGAとはロスト・ジェネレーション・アライアンスの略でその名の通り、ロスジェネ世代でメンバーは構成されています。活動内容は貴方なら想像が容易につくはず」
ロスト・ジェネレーション。その単語は僕も聞いたことがあった。いや、他人事ではない。
ロスト・ジェネレーションとは、かつてのバブル崩壊後の不景気により発生した十年の就職氷河期に就職活動をせざるをえなかった世代である。
その時期は超就職難で就職活動をした者は何十社と受けても不採用となり、公務員試験の倍率も急上昇していった。その結果、ごく少数の優秀な学生は有名企業の内定を勝ち取り、勝ち組と呼ばれるようになったが、それ以外の者は何十社と落ち、どうにか得た一社の内定でブラック企業に採用され長時間労働を余儀なくされたり、そして、内定を得ることなく就職活動時期を終え、日本においては大事な大事な新卒の肩書を失って、フリーターやニートになったりした。
フリーターやニートになった者の多くは、景気が良くなっても、就職することができず、現在でも同じような生活を続けているという。その原因は新卒でなくなってしまったこと、年を取り過ぎてしまったことなどという理不尽なものである。今でも彼らはこの理不尽さに怒りを持っている。一方的に割を食った「貧乏くじ世代」である彼らが団結するのは必然であろう。
そして、僕は好景気を経て新たな不景気による就職氷河期の始まりを生きている。
「ええ。分かります」
と僕は頷いた。
「早速ですが貴方にお願いがある。厚かましいようだが我々は貴方の命を助けた。その見返りに貴方の力を貸してもらいたい。貴方はPERデバイスを失ったことは知っている。だから、我々が用意した」
予想されたお願いであったが、PERデバイスを用意したとは?
「私の仲間が戦場で中央軍兵士から奪った物だ。貴方なら有効に使えるはず」
僕の思考を呼んだように答えてくる。
同時に戦闘痕のある黒のアプリロイド端末を渡してくる。
「これを使用していた既に兵士は消した。ペアリングしてみてほしい」
アプリロイド端末とペアリングするのは初めてである。
僕は設定アプリを立ち上げ、PERデバイス設定に進んだ。
ペアリングボタンをタップし、念じてみる。
頭を真っ二つに割られたような凄まじい頭痛に僕は端末をその場に落とした。
僕は愕然とした。
「駄目か」
池海さんは失望の眼差しを向けながらそう漏らした。
ゴールドベリーでは容易にペアリングできていた。
それとも今の僕の状態に問題があるのか?
「ちょっと食料の調達に出る。しばらくは安静にしているといい」
そう言うとすぐに彼は部屋を出て行った。
部屋には沈黙が残された。
耳鳴りのするような静寂の中で僕は考えた。
もう戦うことはできないのか?
床に転がった黒いアプリロイド端末をベッドから見下ろす。
最強の相棒を失い、仲間も失った。敵の軍を打ち倒すことのできる戦力も。
そして、戦う力であるPERデバイスの力も。
僕は再び全てを失ったのだ。
もはや何もない。
体に殆ど力が入らない。
僕の意識は疲労による眠りに落ちた。
エイタはもう戦えないのか?