第03話「無力だから死なせた」
そこで、胸ポケットに入れていたゴールドベリーが震えだした。電話の着信だ。それも公衆電話からの。嫌な感じだった。
「母さんが…」
声は兄のものだった。
内容を聞く途中でゴールドベリーはアスファルトの地面に落ちた。
金属製のベゼルに大きな傷が入り、向かい来る車のヘッドライトを反射させていた。
母は電話の二時間程前に亡くなっていたのだという。心不全だ。原因は恐らくストレスだろう。
兄と父は間に合ったが、僕だけは死に目に会えなかった。そんな自分を更に責めたくなった。そして、あの男を心底憎んだ。あれは母の仇でもあるのだ。
そして、ストレスの原因は僕が仕事のことで心配をかけたことだろう。
母は、僕の仕事で何かある度に心配をしていた。自分のことのように困っていた。
見た目以上にストレスがかかっていたのだろう。
心労をかけたのは自分だ。無力な自分だ。
「無力だから死なせた」
僕はそう考えた。全ては自分の力が足りないせいだ。
自分を責めて責めまくった。
それが無意味と知りつつも。
通夜や告別式関係で忙殺され、月曜日と火曜日、そして水曜日が過ぎ去ろうとしていた。水曜日の夜、家に帰る気がしなくて礼服のまま峠に出かけた。愛車のスカイラインは走りで応えてくれた。ドリフトなどできないくせに走れるだけ走った。
スキール音と呼ぶにはあまりにもぎこちないその音はかすれた悲鳴のように夜空に吸い込まれていった。
逆境は終わらない。