第37話「気を失っているだけだ。トモエ、応急処置を頼む」
「私も研修で詳しく聞いたわ」
新美さんが反応する。テラ君はやや緊張した面持ちでこちらを見据えて言う。
「ああ。そうだ。五年前、教諭兵十人と児童六十五人が惨殺された戦後最悪の殺人事件だ」
殺害に使われたのはナイフと拳銃である。信じがたいことに単独犯であり、犯人は警察の銃弾を数発受けながらも逃走したという。今だ捕まっていないが、「犯人はもう死んでいるのではないか?」「海外に逃げたのではないか?」など、様々な憶測が飛び交っている。
「それ以来、あの学校は城塞になった。最新鋭のセキュリティ設備と、強度を最重視して建て替えられた校舎と体育館。籠城されたら攻める術がなくなるよ」
「そうだね」
どうするべきか?
僕は視線を河上先輩に投げた。
テラ君と新美さんも河上先輩に見ている。
「城塞を攻める手立てはいく…」
河上先輩が言いかけて転倒した。
「伏兵!」
後頭部に石を当てられたのだ。油断した!
音もなくベリーが動き、伏兵をナイフで葬った。
「リュウジ。しっかりしろ」
ベリーが河上先輩の状態を確認に来た。
「気を失っているだけだ。トモエ、応急処置を頼む」
「分かったわ」
命に別状はないことを知り、とりあえず僕は胸を撫で下ろした。
新美さんはバッグから包帯などを取り出し、手早く応急処置をした。それにしても綺麗に包帯を巻けるものだ。
僕は改めて周囲の気配を探ったが敵はもういないようである。
「やられたな」
ベリーが言った。
「エイタ、これを見てくれ」
ベリーは先ほど葬った伏兵の胸ポケットからアプリロイド端末を取り出した。画面には「STEALTH」の文字が表示されていた。恐らくPERデバイスアプリだ。
ベリーはタスクマネージャを開いた。他に起動されているアプリはない。しかもそのアプリのメモリ占有率は九十パーセント。他のアプリはほぼ使えない状態だ。
「恐らくは気配を消すアプリだ。姿は見えていたから透明にはなれないだろう。だが、油断のならないアプリだ」
ベリーが先ほど葬った男はスーツ姿に教育委員会バッジをつけていた。恐らく指導主事だ。よく分からないが、敵のPERデバイスはそう多くないのではないか。だから、一般の教諭兵までは行き渡らない。
頼みの綱である河上先輩は伏兵の攻撃により昏倒してしまった。
果たしてどうするべきなのか?
僕たちは考えたか結論は出ない。
僕は校門の方へ視線を移した。
今や城門となった校門は堅く閉ざされ、入ろうとする者全てを排除しようとしている。
そうこうしているうちに敷地の北側に大部隊が現れるのが見えた。山中軍であろう。
そして、西側には東堂軍も到着し、麻馬野城塞は包囲された。
敵の残りの兵力は八千といったところか。
僕は麻馬野城塞を見上げた。
校舎の窓からこちらに向かって石を投げようと構えている教諭兵たちが見える。
射程圏内に入れば石の雨が降り注ぐことだろう。
そんなイメージをしていた僕の後ろで不意に爆発が起こった。
爆発の原因は? 戦況は変化していく。