第35話「君は甘いな。全員消すべきだ。と言いたいところだが、戦略的には正しい」
乾いた冷たい風が車窓から入ってくる。
車は閑散とした国道四〇七号線をひた走っていた。
この辺りの敵は山中軍の奮戦により、麻馬野城塞側に後退していた。
やがて、右折し、県道に入る。
そろそろ、敵に出くわしてもおかしくない。
「降りるぞ」
河上先輩の指示で僕たちは降車した。
車は路上駐車である。
そして、徒歩で麻馬野城塞へ向かう。
「身を隠せ」
ベリーが押し殺したような声で言った。ベリーの索敵センサーが反応したようである。
僕たちは手近な建物の陰に身を隠す。
どうやら正面に中央軍の斥候が数人いるようである。
斥候は僕たちに気づくことなく周辺の哨戒を行っている。
一応は竹刀などの武器を持っているようであるが、戦いに慣れているようには見えない。
気のせいだろうが、家出した生徒を探しているような雰囲気である。
隙だらけだと僕は思った。
「エイタ、いいぞ」
ベリーが小声で耳打ちした。
僕に実戦経験を積ませようという意図なのだろう。
「了解」
僕は、そのようにあっさりと答えた自分に違和感を感じた。
何度か戦闘を経験することで、僕は敵を攻撃することを躊躇わなくなってしまったのか?
暗殺アプリ「ナイブス」をショートカットキーで起動して僕は狙いを定めた。
そして、見えざる刃を放つ。
「ぐあッ!」
足に傷を受け、斥候の一人が倒れる。
「大丈夫ですか?」
一人が心配そうに駆け寄る。
「急に足が!」
彼らは僅かに周囲への警戒の色を見せたが、怪我人を担架で運んでいった。
どうやら、あまり好戦的ではない人たちのようである。体育系の教諭兵ではないらしい。
「君は甘いな。全員消すべきだ。と言いたいところだが、戦略的には正しい」
無論戦略は意識している。が、見逃した一番の理由はそれではない。
「彼らは本当の敵じゃない。たまたま勤務地が中央軍に属していただけで上司の命令で動いているに過ぎない。本当に倒すべき敵は麻馬野城塞の中にいる」
僕はやはり甘いのかも知れない。
ベリーは僕の答えに特に反応を見せることはなかった。
「進路は開けた。進むぞ」
河上先輩は言った。
巨大な校舎が姿を現してくる。
麻馬野城塞は元は学校だ。それも児童千五百人を擁するマンモス校だ。今は戦時のため、児童は不在で、教育委員会関係者が指揮を執り、教諭兵が兵士として戦っている。
情報によると、今この麻馬野城塞の司令官となった人物は教育総本部教諭兵戦術課の課長である那華田ユキナリだ。彼は、木材谷マサオミ同様に小学校の戦隊長時代は戦力として不十分な部下をいびり、相当数排除してきた。
僕の同期も彼によって自殺に追い込まれている。彼はそのことを思い出していた。奴は僕の同期が担任したクラス内で起きた事故によって骨折した児童が入院した際に、学校から車で二時間もかかる病院まで毎日見舞いに行くよう強要したり、毎日二三三〇時に就寝していることを詰り、睡眠時間を削らせたりした。新任として採用されて僅か十三日後のことだ。山林軍初陣の血祭りに上げるのにこれ以上相応しい人物が他にはおるまい。
必ず殺す。
僕はしばしの間、静まっていた殺意を再燃させ、体全体が刃になったような気がした。
燃え上がる殺意。