第02話「この恋愛市場で僕は無価値」
土曜日は結局一日を仕事に使ってしまった。
日曜日の朝、徹底的に寝坊する。それでも疲れはとれないが。今日は彼女と会う日だ。九月十一日は僕の誕生日だ。学生時代最後の年の後半に初めてできた彼女であった。
昼は立川で買い物をし、映画を見て、ディナーにイタリア料理の店を予約してある。
今日は楽しみがある。少し気分転換をしよう。そう思いながら、僕は西武新宿線所沢駅の改札を出てそのままペデストリアンデッキ上を歩く。空は曇っている。例年ならまだ暑い時期であるはずだがやや肌寒い。
多摩モノレールが所沢駅目指してレールの上を滑っていくのが見える。沿線には大学が多いので大学生らしき人が多く歩いている。モノレールの改札にタッチし、エスカレーターを上がる。
ホームにはさっき見たモノレールと思しき車両が停車していた。一一二九時発の町田行きで立川へ向かう。西武ドーム、そして多摩湖を見下ろしながら僕は頭を空っぽにすることに努めた。狭山丘陵を超え、列車は上北台駅に下りてきた。この駅からは東京都内だ。
玉川上水を渡り、列車は立川市内へ。立川北駅を通り過ぎ、立川南駅で降りると、僕は待ち合わせ場所であるJR立川駅の改札へ向かった。土曜日ということもあり、周辺は買い物客でごった返していた。
まだ、彼女らしき人物は見当たらない。ゴールドベリーを取り出し、メールをチェックすると「遅れるかも」というメールが入っていた。
十五分後、彼女、小野澤アミは現れた。特に悪びれた様子もなく、「行こうか」と言う様子に僕は何となく違和感を覚えた。
昼食を終えて、映画を見て、ディナーの時間となったが、その違和感の正体に気付くことはできなかった。
予め予約してあった北口方面のイタリア料理店に向かう。
料理はいつものピザとパスタだ。
二十八歳の誕生日であったのだが、彼女は一言も祝ってくれる様子もない。そういえば昨年は誕生日にはプレゼントもくれたのだが、今回はないようだ。そのことに触れることもできなかったが。
帰りの道で横断歩道を渡り切った時、繋いでいた手を不意に離された。
「ねえ、別れない?」
時間が止まったように感じるということは本当にあるのだと僕は知った。
だがもちろん、それをすぐに受け入れることはできない。
「なんで?」
思わず僕は返した。
「…疲れたから」
どうやら、僕が彼女から色々もらうだけで僕からは何も返ってこないというのが主訴のようだった。
それから、彼女はいくつか理由を挙げたが、その中に『将来性』という単語だけが妙に頭に残った。恐らくそれが彼女の本音なのだろう。その推測に裏付けを与えるように彼女は最後にこう付け加えた。
「収入とか将来性もちゃんと考えて選ぶわ」
体全体の力が抜け、存在を消されたような感覚だった。
僕は納得したわけではないが、結局は引き下がった。何の力も持たない僕に彼女を引き止めることなど不可能なのだ。
暗くなった夜道を北に向かって歩く。立川北駅とは逆方向だ。歩きたくなったのだ。と言っても大それたことをするわけではない。モノレールの一駅などたかが知れてる。このあたりの人間の小ささが彼女を失望させた一因であることも分かっていた。それでも、一駅歩いた。
車のヘッドライトが程よく流れていく。芋窪街道の交通量は多くも少なくもない。立飛駅が見えてきた。何となくこの駅からも乗る気がしなかったが僕はそこから乗ることにした。
「この恋愛市場で僕は無価値」
僕は暗闇を切り裂いて走るモノレールを見上げながらそう呟いた。
次回、更なる逆境がエイタに襲い掛かる。