第27話「PERデバイスの使い手であるデバイサーの熟練度がこれからの戦闘で物を言います」
目が覚めた。部屋の時計を見ると〇八〇五時だった。眠れたのは三十分程度ということになるが、体力の回復具合はその何倍にも感じられた。効率の良い睡眠ができたのだろう。
僕は部屋を出て作戦会議が行われる大会議室に向かった。
そこには、既に殆どのメンバーが集結していた。
空いている二つの席のうち一つが僕の席だ。
僕はベリーを実体化した。ベリーは僕の隣に座った。
「ではこれより、会議を始めます」
山中指導主事が口火を切った。どうやら山中指導主事が司会をするらしい。
会議のメンバーは僕とベリー、河上先輩、テラ君(寺山君のことである)、新美さん、羽柴先生、山中先生の七名である。
「まず、我々の軍の名前ですが、皆さんが山林郡の所属ということで、山林軍という名とします。よろしいですね」
メンバーが黙って頷いた。
「山林軍の戦略目標は弱者を虐げる悪を全て討つことである」
朗々たる声で言う羽柴先生。
その威厳は大物の雰囲気を持っていた。
「改めて諸君に問う。敵は誰かね?」
一瞬、空気が張り詰めたような気がした。その問いに即答する者はいなかった。僕は会議前に「弱者を虐げる理由なき悪意」と答えていた。それは具体的ではない。
今、弱者を虐げている存在は何か?それは、労働者の人権を無視するブラック企業だ。経費削減のために少ない人員を長時間労働させ、使い捨てる。そんな企業が増えている。背景には企業間の競争がある。経費削減、つまりは人員削減をすれば利益は増加するのだろう。サービス向上、つまり、より労働者を長時間こきつかえば利益は上がるのだろう。だがそのために割りをくっているのは弱い立場にある労働者たちである。僕達を救ってくれた店長さんはそのために過労死という形で犠牲になった。仇は必ずとると僕は誓った。
「ブラック企業・官公庁です」
僕は言った。弱者を虐げ、搾取することで利益を上げる。
現代において弱者を虐げる存在の象徴とも言える存在だ。
これほどまでに社会が成熟し、人権という概念も浸透し、『このご時世ではそれは許されない』といったことも相当数増えてきた現代においても公然と人権侵害を実行する組織。もちろん、教育委員会も含む。
「そうだ!仇は私たちでとらなければならない」
店長の後輩である菅谷が傲然と言い放った。
「ブラック企業ならリストがあるぜ」
河上先輩がブラック企業の疑いのある企業リストのファイルをスマートフォンに表示させた。
その数は県内だけで二百五十五件にも上った。
「従業員や店長は傷つけるな。経営陣を殲滅するのだ」
羽柴先生はブラック企業・官公庁を敵と認めた。
こうして敵は定まった。
山中指導主事は持っていたゼロハリバートンのロゴの入ったアルミのアタッシュケースを開け、三つのスマートフォンを取り出した。
「この黒のオレンジフォンⅤSは寺山教諭兵用です。白のオレンジフォンⅥは新美助教諭兵に、そして、このドアーズフォンⅩは河上弁護士用です」
と、説明してそれぞれに渡した。
オレンジフォンとはアメリカのオレンジ社が開発したアプリロイドOSのスマートフォンと双璧を成すスマートフォンで世界的なシェアはほぼ互角である。アプリロイドと違うのはOSもハードウェアも自社で開発し、高い完成度を誇るとともに、シンプルなデザイン、直観的な操作性を実現している点である。セキュリティ面もアプリロイドに比べて高いと言えるが、反面、カスタマイズの自由度では劣る。
ドアーズフォンとはPC用のOSで最も普及しているドアーズOSのモバイル版が搭載されたOSでPCとの高い親和性があり、一部のビジネスマンが好んで使っており、シェアこそ大きくないが、近年、ユーザーに浸透しつつある。
と、一般的な説明をするのならばこうなるのだが、この状況で渡された三つのスマートフォンがただのスマートフォンであるわけがない。
すなわち、PERデバイス搭載ということである。
僕は思わず質問する。
「その端末にはPERデバイスが?」
「その通りだよ」
予想通りの答え。でも…
「でも、なぜそんなものがここにあるんです?しかも三台も?」
ここに来てからずっと抱いていた疑問を投げかける。
山中は黙っていた。表情も変わらない。
そして、慎重に説明を始めた。
「我々にPERデバイス搭載型スマートフォンを供与した組織「ZAINA」がある。組織の全貌は不明だが、その技術は公表されている情報で最先端とされている技術より遥か先を行っている」
最先端と聞いて、先日、アメリカで人の精神エネルギーでドミノを一枚倒すことに成功したというニュースを思い出した。それでもかなり、大掛かりな装置を用いていたという。僕たちが目にしてきたPREデバイスの威力と雲泥の差である。
今度は全体に向けて、山中先生が話す。
「我々が所有するPERデバイス搭載のスマートフォンは六台。それを使いこなせるデバイサーは三人。これらを有効に活用して勝利する戦略を考えます。気づいていることと思いますが敵もPERデバイス搭載のスマートフォンを所有しています。恐らく、全てがアプリロイドOS搭載で、数はそう多くはありません」
「彼らにもPERデバイスを供与する存在が?」
「恐らくはそうでしょう。そして、PERデバイスの使い手であるデバイサーの熟練度がこれからの戦闘で物を言います。だから、田中教諭兵、新美助教諭兵、寺山教諭兵、河上弁護士の四名はこれから、作戦開始までの間、可能な限り、熟練度を上げてもらいます。期間は九日間です」
たった九日間。その間に、敵に勝つ力を付けなければならないのだ。
そして、山中はベリーの方を見て言った。
「ベリー氏は私と共に教官となってもらいます。二人の訓練兵に一人の教官が付く形となります」
ベリーは相変わらず表情の変化を見せない。
「承知した。私の生徒は僕とテラヤマで合っているか?」
生徒の確認をするベリー。というよりも決め付けている。
「ご明察。デバイスの特性を考えるとそれが妥当でしょう」
ということは、山中が教えるのは新美トモエと河上リュウジということになる。
僕は恩師に久しぶりに教わるのも良いかもと思ったが、ダークベリーは特殊なデバイスだ。このデバイスを駆使して戦ってきたベリーこそが教官に相応しい。それは認めるのだが、如何せん教え方が過激なのが玉に瑕である。
「よろしくお願いします!」
テラ君がもう挨拶に来ていた。
彼は体育会系の人間らしい。あの二人よりはベリーに教わるのに向いているだろう。かといって僕が向いているわけでもないのだが。
僕は全身に精神エネルギーを纏った。
「始めよう。ベリー」
「承知した」
僕は半歩下がってベリーの攻撃をかわした。
もう、読めている。
テラ君はというと、ベリーの拳が腹に突き刺さっていた。
「痛ってぇ。待ったなしだな」
テラ君は倒れなかった。突然の攻撃にも動揺していない。やはり、なかなかに骨のある奴である。
こうして、PERデバイスで戦うための訓練が始まった。
新たに登場したPERデバイス。戦闘力強化は勝利のために必須。