第22話「反逆者であること以外に理由が要るか?」
ベリーは先輩に尋問役を任せ、脅す役に回った。いつの間にか、手にはナイフが握られ、高倉の首に突きつけられている。不思議なナイフだった。刃渡りは短く一般的な鍵より少し長い程度しかない。太さも同様だが形は武器としてのナイフのそれだった。折りたたむことで鍵のような外見になる暗殺用のナイフだ。殺傷力は高くないだろう。毒を塗って使用されるものらしい。ダークキーと呼ばれている。
先輩は落ち着いた様子で尋問を始めた。
「質問一つ目だ。田中エイタを狙った理由は何だ?」
高倉教育将軍は黙ったままだ。しかし、
「お前たちの知ったことか」
とだけ吐き捨てるように言う。
「答える、答えないは自由だが、我々にはそれほど時間に余裕がない」
ベリーの言葉は氷の刃のような冷たさと鋭さを持っていた。
先輩は尋問を続行する。
「なぜ田中を狙う?」
「反逆者であること以外に理由が要るか?」
それだけを言い、再び沈黙に入る。
「エイタ、後ろへ跳べ!」
ベリーが鋭い声を発した。珍しく焦燥感のようなものが含まれている。
僕はすぐに飛び退いた。
一瞬遅れて、僕がいた場所の胸の高さくらいで爆発が起こる。
これはまさか!?
ベリーは凄まじい速さで高倉に近づき、埋まっていた右腕を掘り出し、引っ張り、持っていたスマートフォンを奪い取り、大型ナイフで両断する。そして、間髪入れず踏みつけ、粉砕した。
まさに電光石火の動きであった。
ベリーが手にしているナイフはダークキーではなかった。
刃渡り十五センチメートルはあろうかというサバイバルナイフであった。
サバイバルナイフとはその名の通り生き残ることを目的として作られた多機能ナイフである。当然、敵との戦闘も想定に入っており、近接戦闘用の機能も申し分ない。それでも金属部品が多く使われているスマートフォンを両断することは常人にはできない。ベリーの技量と名匠の作った最高のナイフの二つが揃って初めてできる業である。
両断されたのは数多く出回っているアプリロイドというOSが入ったスマートフォンだろう。それにしてもこの徹底ぶりはあれが理由だろう。
「エイタ、問題ないか?」
「大丈夫だよ。もしかして、今破壊したあれにはPERデバイスが?」
「ああ、破壊してしまったが、ほぼ間違いない。奴は明らかに君のゴールドベリーを狙っていた」
高倉はこちらを睨んでいる。
僕はその視線に警戒しつつ彼に近づいて行った。
「教育将軍。今のアプリロイド端末にはPERデバイスが入っていますね?」
僕は土砂に埋まった教育将軍を見下ろしながら単刀直入に質問した。
彼はこちらを見上げ、相変わらず睨んでいる。この角度は首が疲れるだろう。
僕は奴を徹底的に首を疲れさせて、どこまで耐えられるか試してみようとも思ったが、そんなに時間があるわけでもない。
「これから指を切り落とす。答えるか、答えないか?」
そんな脅迫めいた言葉は僕の口をついて出た。そのことに自分でも驚いていた。ベリーの影響か?それとも、この男への恨みがそうさせたのかも知れない。
高倉の表情は変わらない。しかし、口を僅かに動かしている。
ベリーが今度は高倉の左腕を掘り出し、アプリロイド端末を奪い取る。こちらもナイフで両断され、踏みつぶされる。しかし、
「奴から離れろ!」
ベリーが僅かに焦燥感をにじませて言う。
爆発が起きたのは高倉の足元辺りのようだった。
黒い煙幕が一瞬にして広がり、僕達は激しく咳き込んだ。
煙幕はすぐに薄くなっていったが、そこにはもう高倉の姿はなかった。
動ける高倉配下の教諭兵達が撤退していく。
「すまない。二台持ちであることには思い至らなかった」
ベリーが珍しく謝意を表したが、そもそもPERデバイスを持っている者が他にいるということ自体が想像しにくいことであるので仕方がないと僕は思った。
そして、電車内で攻撃してきたのは高倉の手の者ではないかと考えた。或いは本人がやったのかも知れない。
敵軍の指揮官を逃がしてしまい、情報は得られなかった。
しかし、たった四人で二百人にも及ぶ敵軍の大半を無力化し、退散させた。
これは偉大なる戦果である。
そして、今やるべきことに変わりはない。
「羽柴邸を目指すぞ」
先輩が振り返りもせずに言った。
確かに、ここに長居をするわけにはいかないし、一刻も早く羽柴邸に着かなければならない。 僕達は敵の屍を乗り越えて蘭山方面へ峠を登った。
平成の笛吹峠の戦いはこうして終わった。
敵にもデバイサーがいた。ここからの戦いは未知の領域となる。