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人権ドゥラメンテ  作者: タナカ瑛太
第五章「峠の宣戦布告」
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第21話「逃れられるなどと思わないことだ。明日の朝日は拝めなくなる」

僕達を助けてくれた店長は亡くなった。

 その原因は過労の可能性が高いらしい。

 思えば、従業員は少なく、店長は毎日十六時間くらい店にいたような気がする。

 なぜこんなに働かなければならないのだろう?

 技術が進歩し、人類は豊かに暮らせるようになったのではないのか?

 もう二十二世紀も近いというのに、死ぬ寸前まで働かなければ暮らせない。

 文明は人類に何をもたらしたというのだ?

 そんな疑問を感じずにはいられなかった。

 学校で長時間労働していた僕にとって他人事ではなかった。

 僕達を助けてくれたあんなにも優しい店長が目の前で亡くなったことは僕の心に計り知れない衝撃を与えていた。決してこんなに早く死ぬべき人物ではなかったはずだ。

 やり切れない気持ちを抱えたまま、それでも進めるのは前だけだ。

向かうは笛吹峠である。そのために一旦は南松山市に入った僕達であったが、ゴルフ場の北側の山道を登っていき、再び鳥居村内へと進む。

山道を下りたと思ったら、すぐにまた山道を登っていく。今度は北の方へである。道はあまり曲がっておらず、勾配も緩い。これが笛吹峠である。この峠を南北に貫く道が旧鎌倉街道で、鎌倉時代には数多くの武士団が行き来したという。かつて新田義貞の軍と足利尊氏の軍が戦い、決着が着いたのがこの地であると言われる。

僕達四人で構成されるスーツ姿の反乱軍兵士達はこの笛吹峠を北に向かって行軍していた。

 今のところ敵の気配はない。虫の声が五月蠅いくらいに周囲に響いていた。

車で走りに来たことは何度かあったが、歩くとやはり長い。しかし、けっして険しい道ではない。気候も悪くない。歩くだけなら容易だ。歩くだけならば。

軽自動車がどうにかすれ違える程度の狭い道だ。両側が土砂崩れ防止のためか金網で覆われている。その上はやはり樹海になっている。

 最初に気配に気づいたのはやはり、ベリーだった。

「挟まれたな」

 僕にも気配が感じ取れる距離になってきた。相手の数は分からないが相当多い。鳥居村内の兵をかき集めてきたようだ。ここで確実に仕留める気か。

 ベリーは歩みを止めず、峠を登っていく。

 敵軍が蘭山町側と鳥居村側から押し寄せてくる。

 恐らく数は二百人といったところか。

 やがて、敵との距離は五メートル程まで縮まった。

「田中エイタとその連れの者達だな?教委反逆罪で逮捕する」

やはり教育委員会の手の者だ。

「残念だが拘束されるわけにはいかない」

 ベリーは戦闘態勢で答える。

「あの男を確保しろ!」

 指揮官の命令。僕にとって聞き覚えがある声だ。

 奴だ!高倉教育将軍!

 ベリーに向かって殺到する教諭兵。今回は生徒指導主任や体育主任で構成された部隊のようだ。見覚えのある顔を見かけた。こんな時間にご苦労なことである。日額特殊勤務手当が出ているのだろうが。

 タイミングは今だ!

「ナイブス」

 僕は上の樹海から最大限に殺意を研ぎ澄ませ刃を放つ。近くにある木に向かって。八メートルほどある木が倒れ、敵に覆いかぶさっていく。何人かには直撃したようだ。ベリーは既に退避済みだ。

 もう一発。僕は刃を放つ。更に一発。ありったけの精神エネルギーをつぎ込んで手近な木を倒していく。

 ベリーはもう僕の横にいた。

「速ッ!」

 思わず言ってしまうほどベリーは素早かった。

 体が重い。強烈な倦怠感が全身を襲う。連発はやはり厳しいか。

 倒木を押しのけようと、もがく敵を見下ろしながらふらつく僕。

「頃合いだな」

 ベリーはそれだけ言うと、地面に手を当てた。

 また精神エネルギーを削り取られる。だが、やるしかない。

 一瞬だけ地面が揺れる。

 同時に魂を抜き取られたように脱力し、僕は膝をつく。

これがPERデバイスを使った代償。得られる効果に比べれば疲れるだけの代償なら安いものだ。安すぎる。

 土砂に埋もれ、呻き声を上げる敵軍を見下ろしながら僕はそう思った。

 疲れている場合ではない。高倉を捜し、情報を聞き出さなければ。

 そう思った時には既に先輩と新美さんが慎重に斜面を下り始めていた。

ベリーもふらついているように見える。僕の精神エネルギーだけでは足りず、ベリーも消耗してしまったのだろうか。

sそうではない。あるとすれば、僕の精神エネルギーの供給不足でベリーに何かが影響が出たということになる。

三人が向かった先に土砂から顔を出し、呻くスーツ姿の老人を発見した。

自ら奴を締め上げて情報を聞き出したいところだが、体が思うように動かない。僕は三人に遅れて下にゆっくりと下りていった。

「高倉だな?いくつか質問させてもらう」

ベリーは手早く高倉をロープで拘束して、尋問を始めていた。

「待ってくれ。尋問は俺にやらせてくれ」

プロのオーラを纏わせながら先輩が申し出た。

「承知した。頼む」

 と、ベリーは答え高倉を見据えて言う。

「貴様、逃れられるなどと思わないことだ。明日の朝日は拝めなくなる」

教育将軍を追い詰めたエイタ達。尋問が始まる?

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