第17話「弱者になったがために追い詰められ、命を失おうとしている人がたくさんいる。そんな世の中をぶち壊したい」
僕は少し森に突っ込むように駐車した。
四人は車を降りる。ここからは徒歩だ。
近くには物見峠の展望台がある。そこへの道は徒歩でしか通れない。展望台を抜ければ、徒歩で麓に行ける道がある。そこを通ろうというのだ。
僕達は丸太の階段を上がり、展望台の方面へ向かった。
展望台から見える夜景を横目に、僕達は麓へと続く階段を下っていく。
ここまでは敵に襲われることはなかった。しかし、
「全員、身を隠せ」
不意にベリーが押し殺した声を発した。
僕達はとっさに茂みの中に身を隠した。しかし、全員がうまく隠れられはしなかったが。
程なくして前方からジャージの集団が現れた。いずれも体育会系の風貌をしている。体育教諭兵だろう。つまり、僕達を捕えようとしている敵である。
僕は息を潜めて敵の数を数えた。五人だった。このままやりすごせれば良いのだけれど。
ところがその希望は叶えられなかった。携帯電話の着信音が鳴ってしまったのだ。一昔前の固定電話風のその音はデフォルト設定のまま使っている先輩のものだった。
「誰だ!そこにいるのは!」
体育教諭兵のうち一人が叫んだ。他の四人も音の聞こえる方に殺到していった。
「見つかったか。ベリー、頼む」
「承知した」
ベリーは音もなく凄まじい速さで茂みから飛び出し、体育教諭兵の群れに足払いをかけた。そのうちの三人がもんどり打って倒れる。だが、残りの二人がバランスを崩しながらも向かってくる。ベリーにはそれに取り合わず、麓の方面に向かって走り出した。
こんなのとまともに戦うつもりは僕にもない。彼はベリーの方に向かって走り出した。走りながら今の足払いは単なる体術でPERデバイスを介したものではないことに気づいた。
先輩と新美さんも来ている。走るのがかなり速い。そういえば二人とも陸上部出身だった。
僕は多分この四人の中で一番足が遅い。
「追ってきてるぞ。ベリーの力なら奴らをどうにかできるんじゃないのか?」
僕は先頭を走るベリーに向かって言う。
「エイタ、PERデバイスを使用した攻撃は事情があってできない。詳しくは後で話す。この辺りに隠れられそうな場所はないか?」
僕はこの辺の地理にそれほど明るいわけではない。
「この先にナインがある。そこでいいか?」
先輩が言った。
「ナインとはコンビニエンスストアのナイントゥエルブのことだな?いいだろう。そこへ案内してくれ」
ベリーの目が一瞬光ったような気がした。
次の瞬間に例の脱力感が僕を襲った。事情があってできないんじゃないのか?と僕は思ったが使ってくれるのは全然構わない。今は非常事態なのだから。
近くにあった大木が倒れ、追ってきた体育教諭兵に覆いかぶさった。彼らは悲鳴を上げて倒れ伏す。
「さあ、コンビニエンスストアに案内してくれ」
「この道を下りきったところにある。ついて来てくれ」
四人の先頭に川上が立ち、山道を下っていく。
「あれだ!」
見えてきたのは青いラインの入った建物である。
すぐに入ろうと思ったが、
「待て田中。ここは彼女にお願いした方が確実だ」
「分かった。やってみる」
川上先輩は頭が回る男だ。
確かに新美さんのような若い女が助けを求めた方が怪しまれにくいし、助ける必然性も高いのかもしれない。
彼女を先頭にして店に駆け込む。
「すみません!変な人達に追われてるんです!匿ってもらえませんか?」
店に入るなり彼女は店長らしき人物にそう言い放った。流石に説得力ある助力の求め方だ。
これは真似出来ないと、僕は思った。
「早く奥へ!」
立派な体格の店長(名札に書いてあった)はやや狼狽した様子であったがすぐに店の奥に入れてくれた。
「ありがとうございます!」
僕は礼を言った。店長は見るからに優しそうな顔をしている。この人はいい人に違いないと彼は勝手に思っていた。
奥の部屋は事務用の長いテーブルと四つの椅子などが置かれていて、簡素な作りではあるが、清潔感があった。
「ここを使って下さい。私は戻ります」
それだけ言うと店長は売り場に戻っていった。その後、すぐに「いらっしゃいませ」の声が聞こえてきた。客が来たのだろう。
僕達四人はテーブルにつき、それぞれ落ち着いた。
「店長さんがいい人で良かった」
「そうだな」
僕が言うと先輩が同意した。
ここがまだ四人しかいない反乱軍の拠点となるのである。
コンビニの店長の名前は、松葉さんというらしい。年は三三歳で独身らしい。優しい性格の持ち主で従業員から好かれている。と言っても他の従業員はアルバイト二名のみである。
僕達四人はそんな優しい店長さんの元で少しの間だけお世話になることになった。
お世話になるとは言っても、そう長くはいられないだろう。仕事の邪魔になるし、こんな生活をしていたら周囲から怪しまれるだろう。
十月二十一日となった翌朝、僕達は今後の方針を決めるべく、会議を行っていた。
「まずは聞かせてくれ。お前の志を。俺はお前の瞳の奥に何か確固たる意志を見た。だからここまで協力した。だけど、やろうとしていることは、命がかかったとんでもないことだ。そこを曖昧にしたままで参加したくない」
先輩の問いに僕は少しだけ考え込んだ。そして、
「僕は生き残りたい。それが正直な気持ちです。でもそれだけじゃない。僕のように弱者になったがために追い詰められ、命を失おうとしている人がたくさんいる。そんな世の中をぶち壊したい。さしあたっては教育委員会を潰す」
うまく言葉が出なかった。
恐らく幼稚な表現になってしまっただろう。
大した理由には聞こえないだろう。
僕は、社会を変えるとかそんな器の人間じゃない。
先輩は腕組みをしてこちらを見据えていた。
そして、
「俺の仕事は弱い立場に置かれている人々を自分の知恵を使って助けることだ。お前と共に戦うことは憲法二十五条を守ることにもつながる。戦うよ」
憲法二十五条の条文は忘れたが、確か人権に関わる部分だろう。
「わたしもここまでやっちゃったし戦うよ」
などと言ってくれた。そして、川上はもう一つの疑問を口にする。
「お前従兄が物凄く個性的だと思うが、何の仕事してるんだ?疑っているわけじゃないが」
ここは本当のことを言うべきだろう。仲間として。
「実は従兄じゃないんです。暗殺者です」
「暗殺者!?」
先輩と新美さんの声が重なった。彼等にとって思いもよらぬ言葉であろう。
続けて僕はDMデバイスとPERデバイスの説明をした。
当然だが二人は信じられないようだった。しかし、二人はこういった分野にそれ程詳しいわけではないが、話を概ね理解してくれたようだった。
「今、俺たちの周囲には包囲網が敷かれているだろう。それは徐々に狭められていくはずだ。つまり、このまま手を拱いていれば捕まって教委反逆罪で処刑だろうな。それに加え、俺たちはたった四人の反乱軍だ。敵は教諭兵に限ったとしても五万人だ。数では到底勝ち目はないぞ」
先輩が言った。しかし、僕は僕達の強みを言った。
「確かにそうです。ですが、僕達には戦略兵器とそれを操るスペシャリストがいます」
「君にもPERデバイスの使用法には習熟してもらうつもりだ」
僕はベリーにPERデバイスの使用の初歩を習ったばかりだった。
「数日はほとぼり冷ましも兼ねて、君には訓練に励んでもらう。なぜならば、私も君を守り切れるとは限らないからだ。ここにたどり着くまでに戦った敵の中にPERデバイスの使い手、つまりはデバイサーがいた可能性がある。私の能力は迂闊に使えない。デバイサーにこちらの手を明かすわけにはいかないからだ。能力の情報が敵に漏れることは死に直結する」
事情とはそういうことか。ベリーはPERデバイスによる攻撃をを最小限にし、体術だけで戦っていた.。
「話すのを止めろ」
突如、ベリーが押し殺したような声で言った。
店の方から声聞こえてきた。
店長が客に対応しているようだが、どうも様子がおかしい。
「不審な四名の男女?見てませんねぇ」
「本当に見ていませんか?この店に入っていくのを見たという証言もあるのですが」
声は比較的若い男のようだ。再教育センターが放った追跡者だろう。分かるのはそれくらいである。
僕はドアのガラス部分からのぞいてみた。店長はしらを切り通してくれそうである。そして、相手は警察ではない。恐らく、ここまでは入って来れないはずだが。
「よく思い出してください」
追跡者の男は食い下がる。
「うーん。やはり思い当たりませんね」
「ではすみませんがトイレを貸してください」
男は話題を変えてきた。
まさか!
そのまさかだった。追跡者は僕達のいる部屋を目指してやってくる。
間違えたふりをしてドアを開けるつもりだろう。
まずい!
「お客様。トイレは左の奥にございます。どうぞ」
店長がすかさず言う。
不自然さはない。
そう言われてまで強引に入る理由もない。
追跡者は大人しくトイレに向かっていった。
店長のお陰で助かった。
だがまだ、これで安心できるわけではない。
スーツ姿のガタイの良い男性が店に入ってきた。
教諭兵独特のオーラを感じる。何となく算数系の感じがする。
その男は真っ先にこちらを目指してきた。今度こそまずい。店長は別の客の接客中で気づいていない。奴を止めるものはいない。
僕はドアからさっと離れた。
そして、ベリーがドア前に座り込む。
同時にドアに何かがぶつかる音がした。それなりに大きな音だ。
「お客様!大丈夫ですか!」
店長の驚愕の声が聞こえてくる。
倒れたのはターゲットでやったのはベリーだ。
店長には客が具合を悪くして倒れたように見えたことだろう。
殺していなければいいと思う。店で事件が起こったとなればこの店の売り上げに多大な影響を与えてしまうことだろう。それは僕達を守ってくれた店長に対して申し訳なさすぎる。
幸い、このコンビニで殺人事件は起きずに済んだ。ベリーはPERデバイスの力を使って、敵を気絶させるに留めたようだ。その敵だが、しばらくすると意識は回復し、撤退していった。