第11話「はい。正気ではありません。ですが本気です。」
どうにか荷物を載せ終えると僕のスカイラインは出発した。古い車だがパワーは十分だ。重さをいささかも感じない。僕は自分の戦場だった場所を背にしてひた走るスカイラインから、外の景色を見やった。落ち延びる敗残兵のようなものなのだろうか?今は落ち延びることが最優先であった。命はどうにか守ったが失ったものを取り戻したわけではなく、戦いが終わったわけでもない。反撃の狼煙を上げるのはこれからである。そして、苦しんでいるのは僕だけではない。新美教諭兵のように同じような立場の人は存在するのだ。そして、弱者を虐げる敵は強大な組織である教育総本部。いや、弱者を虐げる者全てが敵と言っていいだろう。
「仲間が必要だ」
僕はふと呟いた。
「それには同意する。だが多くは必要ない。限られた信用できる人間だ」
ベリーが応えてきた。
「君の知り合いに弁護士はいるか?」
ベリーのやや唐突な質問である。
「いるけど何で分かったの?」
「君が私に登録した連絡先の中にそれらしき人物がいてな。川上リュウジという人物か?」
ベリーの言っていることは正しかった。だが説明は十分ではない。
「何で弁護士だと分かったの?」
「ゴールドベリーサーバで君の通信履歴を見たら分かった」
僕はぎょっとした。彼はゴールドベリーサーバにさえ侵入できてしまうのだ。
「あの、あんまり僕の個人情報を調べないで欲しいんだけど。必要なことなら答えるし」
「…了解した」
やや釈然としない様子であった。無論、姿はレトロスマートフォンだが。
「川上氏の邸宅へ向かってくれないか」
「いいけど何で?」
「今は話せない。とにかく向かってくれ」
川上リュウジ氏は僕の高校の二つ上の先輩である。一昨年、司法試験を突破したばかりなのでまだ弁護士としての勤務経験は少ない。ここ最近、あまり連絡を取り合っている暇はなかった。少し会っていくのも悪くない。
先輩は僕の転属先である山林郡鳥居村内に住んでいる。JR鳥居駅から徒歩五分程度の場所である。駅から近いとはいえ、この辺りは農村部で過疎化が進んでいる地域である。先輩の自宅の土地は広く、母屋の他に倉もある。敷地内に母屋へと続く道路もあり、駐車スペースは十分だ。
スカイラインのエギゾーストノートを響かせ、敷地内の道路を進む。JR鳥居駅へ悠々と入線していくキハ一一〇を横目に二人は車から降りた。すると、田舎の穏やかな空気が彼らを包んだ。それに気付いたのか玄関から中肉中背の眼鏡をかけた若い男が出てきた。
「先輩、お久しぶりです」
「よう。久しぶりだな。何してたんだよ?」
「色々忙しかったんですよ」
先輩はとりあえず元気そうだった。彼は僕が心配になるほど優しすぎる人物である。それ故に他人の代わりに苦しみを抱え込んでしまうことも多々あった。
「まあ、入れよ」
僕達は応接間に案内された。
「私を実体化してくれ」
場所を憚らずベリーが喋り出した。
いつも沈着冷静な彼が、何だか急いでいるように聞こえた。
「何だ?今のは?」
先輩は不思議がって僕の胸ポケットに入っているゴールドベリーを見つめた。
「問題ない。やってくれ」
「また喋った!」
僕は全身の精神エネルギーをゴールドベリーに注ぎ込むイメージをした。僕の右側にダークスーツの長身の男性が現れる。
「貴方が川上氏か?お初お目にかかる」
ベリーは挨拶をした。
その態度は真剣そのものだ。
先輩はベリーの眼鏡に適ったらしい。
「単刀直入に言おう。貴方に我々の仲間になっていただきたい」
先輩は唖然としていた。それもそうだろう。まず、携帯電話から人が出てきたところから理解不能だろう。
「ちょっと待って」
僕は思わず声を上げていた。
ふと精神力の集中が途切れる。ベリーの姿は消滅した。
「エイタ。何をする?」
端末からの声。
「すいません!ちょっと仕事の電話が!」
僕は光速の動きで靴を履き、外に出た。
人が目の前で突然消滅したことで唖然としている先輩を残して。
「何考えてるんだよ!?先輩は戦いなんかとは無縁の人だぞ?」
「君は仲間が必要だと言っていたではないか」
不思議そうに言うベリー。
「軍師は必要だ」
「軍師?」
確かに先輩は頭が良いが、その単語には違和感を覚えた。だが、信頼できるという点においては最高の仲間と言えた。それに、数々の修羅場をくぐってきた暗殺者であるベリーが名指しで仲間として推薦し、なりふり構わず交渉を始めたほどにこれからの戦いにおいて必要な人材であることを考えると彼の言うとおりにすべきだと思えた。
「分かった。もう一度実体化する。交渉を頼む」
「承知した」
ベリーは再び現れた。
「先輩、お待たせしました。それから紹介が遅れましたが、彼はベリーといいます。北米大陸から来ました」
やはり、先輩は訝しげにこちらを見ている。
人が消えるという現象を見られた以上、納得のいく説明が必要だ。
僕は、全ての事情を包み隠さず話した。僕のやろうとしていることも。そして、
「お前、正気か?」
「はい。正気ではありません。ですが本気です」
先輩は暫く僕の目を見つめていた。
「いいぜ。お前がそこまで言うなら協力するよ」
先輩は微笑を交えながら答えてくれた。
「本当ですか!?」
「お前が受けている被害は教諭兵特例法第九条で正当化される恐れもあるが、お前の上司に非がある」
先輩の言う教諭兵特例法第九条の条文は忘れたが、教諭兵は上司の命令に絶対服従で、その業務も自分の健康よりも優先されるようなかなりブラックな内容だった気がする。
これでベリーも含めて仲間は三人。県内教諭兵全てが敵だとすれば敵は三万人。
僅かながら勝利に近づいたのだ。